169 / 169

第169話

 婚約者と強引に離され、竜皇帝に請われて側妃となったレオンの母。皇帝より最も愛された彼女は、本来であれば側妃にもなれぬ下位貴族だった。  それ故、後宮では皇妃を始め、他の側妃からの嫉妬の攻撃対象となった。嫌味や蔑みなどは軽い方。暗殺者を送り込まれたり毒を仕込まれたりするのは日常茶飯事。  側近から報告を受けた皇帝は、側妃の宮に厳重な護衛を配置した。妃や他の側妃を処罰するには、彼女らの実家に代われる派閥が無かった。    度重なる重圧と心労。  続く食事への毒の混入と、いつ刺客に襲われるか分からない緊張と恐怖。  更に、自身の魔力を遥かに超える魔力量を持ったレオンの出産に、彼女の躰と精神は耐えられなかった。魔力を定着させる軸は、治癒魔法が不可能な程、壊れた。    それは竜人族にとっての死を意味する。    激怒した皇帝は卵を破壊しようとしたが、側妃は弱った躰で卵を護った。  長い時間をかけて孵化した事で、側妃の躰は瀕死の状態となった。  竜人族にとっての魔力は、保有量に関係なく血液と同等だ。薄ければ生命力は衰える。  それを補う為に、レオンは幼い頃から魔力を枯渇寸前まで搾取され続けた。実母が死すまで……。  皇城が迫ってきた。  外を見ずとも、独特の重苦しい覚えのある気配で分かる。皇城を護る幾重にも張られた護法の結界だ。   「今回、お前を召喚したのは皇太子殿下だが、反逆だの謀反だのが理由ではない、とは聞いている」 「召喚したのは俺だけか? ブラッドは…白竜は召喚の対象ではないんだな?」  アウグストは頷いた。 「皇帝の病を治癒する為に白竜を召喚しないのは何故だ」 「知らん」 「おい…」 「俺は戦士だ。上司の思惑など知らん」  面白くなさそうに言うと、アウグストは視線を外に向けた。 「お前を連れて行く。それだけだ」 「大将軍がお使いなんぞするなよ……。ブランケンハイム公と一緒に来たのは何故だ」 「質問ばかりだな。少しは自分で考えたらどうだ。それに、お前を抑えられるの者は俺以外おらんからな」  レオンは冷ややかにアウグストを睨めつけ、アウグストの座る椅子を蹴った。 「情報と観察。その先に解答がある。情報一つ寄越さないで何を考えろと」  深い嘆息を吐き、アウグストは視線を外からレオンに戻した。 「皇太子がお前を呼んだ。それだけだ。ブランケンハイム公とは、偶々偶然一緒になっただけだ」  首を竦めたアウグストに呆れた視線を向け、レオンは嘆息を飲み込んだ。 「『偶々』とか『偶然』とか俺は信じぬ」  全てが予定調和だとは思わないが、生を受ける前から自分の周囲は、様々な他人の思惑で動いていた。  レオンがリリエンタール公爵を継ぐ事に難色を示した者は多かった。リリエンタール家に連なる貴族家程、レオンに対する反発は強かった。  レオンの出自を秘匿していたのが主な原因だったが、長く当主が立たず皇帝の直轄地だったのも大きかった。  領地は豊かで、直轄地だから魔物討伐には皇軍が派遣され、農地を含む居住地への被害は少なかった。垂涎の的だった。    たがら、夢を見た。  もしかしたら、当主にはなれなくとも、当主代理くらいにはなれるかもしれない。  そうすれば、少々の『旨み』を摘めるかもしれない、と。  皇城とリリエンタール城との往復での事故死を装った暗殺未遂などは些末な事。飲食する物以外にも、レオンが触れる物にまで毒が仕込まれた。  幼児期は、勝手に同情した母性に溢れる女性に纏わりつかれた。幼少期は同年代の少年少女が加わった。少年期に入ると、あからさまに美女が送り込まれるようになった。  中には男性もいた。  それらに辟易していたレオンは、母の死と同時にリリエンタール城を出た。      馬車が皇城の裏門を潜った瞬間、レオンは閉じていた瞼を薄く開け、僅かに眉を顰めた。  憶えのある重圧。  皇城を護る堅牢な護法の結界だ。  今と同じく、罪人用の馬車で何度も潜った。時には日に数度。  産みの母へ魔力を注ぐ為だけに通った道。  ふと、レオンが背筋を伸ばしたのと同時に馬車が止まった。  外からハーラルトが声を掛けてきた。  アウグストが応えると戸が開かれた。ハーラルトの背後には黒い甲冑の兵士がずらりと並んでいた。  しかも、いつでも抜剣出来るよう柄に手を掛けている。  ハーラルトの肩越しに緊迫した雰囲気の兵士らを見渡し、アウグストは視線で降りるようレオンを促した。  感情の抜け落ちた眼で睥睨し、レオンは躊躇なく馬車を降りた。  腰が引けたのは兵士らの方だった。レオンの眼光に気圧され、柄から手を離しかけてしまった程だ。  レオンが数歩進むと、漸く石化が解けた兵士らが慌てて抜剣した。  己に向けられた大量の刃を微風程度にいなし、一瞥すらせず、レオンは歩みを進めた。皇城を覆う護法の結界に微塵も臆する事なく進むレオンに、兵士らの表情が強張った。  皇族のみを護る事に特化した護法の結界は、術式に登録した者以外を拒絶する。  現リリエンタール当主は、側妃が逝去した瞬間から登録を抹消されている。  結界の拒絶をものともせず、微風を受け流すように涼やかに歩む姿に、兵士らの背中を冷たい汗が流れた。  圧倒的な魔力差と強靭な精神力。  息を呑み、無意識に足が後退する。  その様子に、アウグストが可笑しそうに口許を弛めた。    裏口と言えど、広大な竜仙境を統べる竜皇帝の座す皇城だ。  重厚な扉を潜ると、美しい曲線を描いた高い天井の回廊が続いている。  どちらも実力者の武人だ。艷やかに磨かれた廊下を足音も立てずに進む。後ろからガチャガチャと音を立てて兵士が慌てて二人を追って来た。 「俺より強い奴だけついて来い」  アウグストが蝿でも追い払うように手を振って言うと、兵士の足が止まった。  アウグストが先導して進み、いくつか角を曲がり、何度か階段を登ると、緋色の絨毯が敷かれた廊下に出た。  それは、この階に住まう者の身分の高さを物語っている。  更に奥に進み、両脇に兵士が立ち、複雑な模様の彫られた白い扉の前で止まった。  背後のレオンに振り向いて、にやりと笑う。   「到着〜」          

ともだちにシェアしよう!