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第174話
「よく調べたな、小僧」
牙を剥き、ブランケンハイムはリーンを見据えた。
「我らより上の世代が徹底的に隠した事実だ。史実はお伽噺に、白竜の亡骸は骨の一片も残っておらん。残っているのは古い家柄の口伝くらいだ。小僧、貴様、何処の家の者だ」
「…母の生家は、吹けば飛ぶような子爵家です。領地は辺境で小さく、中央の方々の様な立派な歴史もありません。ですが、辺境自体は歴史が古く、様々な言い伝えが残っています。その中に、市井で歌われてきた古い子守唄がありました」
「子守唄だと?」
「子守唄の内容は、白竜が哀しい出来事で傷ついた心を癒す為に遠い彼方へ旅立ち、竜仙境から姿を消して終わってます。その中に、表現は抑えられていますが、血腥い歌詞が散りばめられております。それを読み解く事で、白竜の秘密には行き着きました。ですが、薬は見つからず、母は死にました」
ブランケンハイムは眼を細め、リーンを改めて頭から爪先まで、じっくりと観察した。
深い青みがかった黒髪。金茶の瞳。
まだ成人前だが、構えから実戦剣の使い手である事は見て取れる。
(リリエンタールの小僧の血筋で間違いはない…)
「だが、戦人としての経験値は我の方が上だ」
ブランケンハイムは剣を構え直した。
隙の無い構えに、リーンは相手が一筋縄ではいかない実力の持ち主である事を、改めて思い知らされた。
対して、自分の剣は護りの剣。
師には、自己流の剣を散々矯正された。 勝つためだけにがむしゃらに振るい続けてきた攻撃だけの剣は、師によって攻めにも護りにもなる、変幻自在の剣。
そう。
勝つ必要はない。
リーンはブランケンハイムを睨みながらも、視界の隅の護衛騎士の動きにも注意を払った。少しでも対応を間違えば応援を呼ばれる。
そうならないように慎重に間合いを保つ。
踏み込み過ぎれば、すぐさま兵士が雪崩込んで来るだろう。扉の外に大勢の気配と鎧の軋めく音が微かに聞こえる。
身体強化の魔力を流そうにも、魔力量が多いブランケンハイムとその護衛騎士の眼は誤魔化せない。僅かでも流した途端、兵士を呼ばれてしまう。
ブラッドを庇いつつ、二人を相手にどう突破するかリーンは無表情で考えた。
「…リーン…」
掠れた声で名を呼ばれた。
「?!」
振り返ると、ブラッドが弱々しい笑みを浮かべていた。
「ごめんね、迷惑をかけちゃ……」
かけちゃう、と言いかけたブラッドの輪郭がぼやけた。
「お、お方様っ!」
「ブラッドッ?!」
フロリアンが驚愕の表情で寝台を降りようとし、床に足を着いた途端、そのまま崩れ落ちた。膝から力が抜け、躰を支えきれなかったようだ。
白竜の癒しにより、驚異的な早さで回復したが、筋肉は衰えたままだ。
「フロリアン!」
剣を護衛騎士に戻し、ブランケンハイムはフロリアンを助け起こして寝台に座らせた。
その間にもブラッドの姿が薄れていく。
ブラッドが困ったようにリーンと視線を合わせた。
『ごめんね』
声の無い謝罪が聞こえた。
リーンが力強く頷くと、ブラッドは安堵したように微笑み、空気に溶け込んでいった。
残された衣服が衣擦れと共に床に落ちた。それと同時に軽い硬質な音が響いた。
剣を鞘に収めたリーンは、衣服の下に手を突っ込んだ。探るように手を動かした先に、つるりとした感触があった。
(あった!)
目的の物を大事に懐に仕舞い、想像外の出来事に思考がついていっていない三人を横目に、リーンは天井まで跳躍した。
ブランケンハイムは咄嗟にフロリアンを庇い、護衛騎士は主を庇った。
跳躍したリーンは回転して天井を蹴り、その勢いのまま窓を割って外へ飛び出した。
『俺とブラッドの命は繋がっている』
護衛としての修行を終えたリーンは、一人、レオンに呼び出された。
『俺に何かあれば、ブラッドは動けなくなる。その時は最優先でブラッドを護れ』
まさか、大粒の…拳大の真珠に姿を変えるとは思わなかったが…。
「これは想定外だが、護りやすい」
手巾に包み直し、クルトは真珠をリーンに手渡した。
「懐に入れ、傷一つつけるな」
「はい」
「あの、一際明るい篝火の焚かれた櫓。そこの結界は破壊してある。気取られずに出られる筈だ」
闇の中、煌々と焚かれた篝火が夕陽色に夜空を染め上げている。
「俺が陽動する。その間に脱出しろ」
「しかし、師匠…」
「俺は大丈夫だ。それより、まだ、何か持っているな?」
クルトの指摘に、リーンはハッとして脚衣のポケットを探った。
「これですか?」
雫の形をした、純白の鱗。
「癒しの力を感じる」
リーンが頷いた。
「真珠と化す直前、お方様からのお言葉がありました」
クルトは鱗を受け取り、そっと握った。
「……癒しを」
わざど木々を揺らして音を立て、周辺の兵士らの意識を自分に向けさせたクルトは、リーンが場外に出るのを見送り、石壁登って硝子が割れた露台に辿り着いた。
わざと硝子の欠片を踏んで音を立てると、ブランケンハイムの護衛騎士が飛び出て来た。
クルトは両手を肩まで上げ、敵意が無いことを示した。
護衛騎士に剣を突きつけられて室内に入ると、部屋を移動する為の準備をしているところだった。
「貴様…」
「お初にお目にかかります。我が主、リリエンタール公爵より伝言を預かっております」
完璧な貴公子の礼。
ブランケンハイムが眼を細め、クルトを睥睨した。
庭師の青年の生家はリリエンタール公爵家の依子の伯爵家だった。
長子だった祖父ヨアヒムは『自分は当主の器ではない』と言って後継を弟に譲り、妻と息子を残して出奔し、傭兵となって各地を放浪した。
長い放浪の間に妻は病死し、息子は結婚を機に伯爵家を出た。
植物を育てる事を得意としていた息子はリリエンタール公爵家の庭師となった。その後、生まれた子に自ら高度な教育を施し、庭師の仕事も教えた。
レオンハルトに別館の館の庭の管理人に家族で引き抜かれ、傭兵を引退したヨアヒムと合流した。ヨアヒムはクルトに戦士の素質を見抜き、館の護衛を兼ねさせる為に剣を教えた。
ヨアヒムからは傭兵の実戦剣を。
父からは貴族の剣を。
そして、徹底的にリリエンタール公爵への忠誠心を叩き込まれた。
クルトは懐から手巾を取り出し、丁寧に開いた。
純白の鱗。
鱗が纏う魔力に、ブランケンハイムは眼を剥いた。
「さすがです。お分かりになりますか」
「貴様、その鱗…その魔力は…」
「お方様の、白竜の鱗です。勿論、本物です」
「寄こせっ!」
祖父の剣幕に、フロリアンは驚いてブランケンハイムとクルトを交互に見た。
フロリアンの年代には既に白竜は滅んでおり、姿どころか魔力も知らない。
だから、ブランケンハイムの狂気に近い白竜への執着を理解出来ない。
「お祖父様…」
「それが本物の白竜の鱗であれば、フロリアンの病は治る。寄こせ!!」
「リリエンタール公爵閣下より伝言です。 お方様が鱗をお与えになると決められたのなら、くれてやれ、と」
「上から目線とは命が惜しくないらしいな、下郎!」
「俺の命など礫程度。ですが、お方様は主に取って至高の宝。この鱗と引き換えに兵を退かせて下さい。一兵残らず」
「貴様っ…」
高位貴族らしからぬ耳障りな歯軋りの音を立て、ブランケンハイムは視線で射殺さんばかりにクルトを睨んだ。
孫の命と白竜。
鱗一枚と白竜本体。
白竜の出自と、それを廃棄した経緯。
廃棄した筈の白竜を求めなくてはならないが、それに反発する筆頭公爵家としての矜持。
怒りと屈辱の灼熱の炎が身の内を焼いた。
「良かろう、鱗と引き換えに兵は退かせる」
クルトが深々と頭を下げた。
「この我を脅迫したのだ。貴様の命も貰うぞ」
クルトはゆっくり顔を上げ、満足気に微笑んだ。
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