4 / 156

第4話

レオンは、急に黙りこんで俯いたブラッドの前髪を摘まんで引っ張った。 「へ?」 吹き出したいのを堪え、レオンはブラッドに安心させるように微笑んだ。 「この薬草はおれが採取したものだ。子供は、いらん心配なんかしないで、大人に甘えとけ」 「で、でも、『子供の家』を出るときに、神官さまが……」 孤児院を出る前日、年嵩の神官にこんこんと諭された。 『孤児院は人々の善意で成り立っている』 『ここまで大きくなるのに、どれだけの人々に 世話になったか』 『外に出たら、お世話になった人々のために働きなさい』 『間違っても自身のことで迷惑をかけてはいけない』 不注意で怪我をしただけなのに……。 上手く言葉に出来なくて黙りこんでしまったブラッドにかまわず、レオンは貼り付けた薬草が剥がれないよう包帯を躯に巻き付けた。何か言おうと口をぱくぱくさせているブラッドに服を着せてやり、顎の擦り傷に膏薬を塗り込んだ。 「あの、これっ……て……」 更に何か言おうとするブラッドを両頬を摘まむことで黙らせた。 思ってた以上に柔らかく、触り心地が良かった。 ブラッドはブラッドで混乱していた。 神官に言われたように人に迷惑をかけないよう心がけてきたのに、目の前の青年はブラッドが作る壁を簡単に乗り越えて来る。 それに対して、どうすればいいのか分からない。 ただ、石のようにしていた心が、竜と偶然触れあえた時と同じ、日だまりに似た暖かさを感じる。 市場で働いてる時も、城に来てからも孤児院出の子供に人々はあまり優しいとは言えない。あからさまに摺や物乞いを見るような、憐れみ、蔑みの目が常にあった。 だから、期待をしてはいけない。愛情を求めてもいけない。心を石にして、傷つかないように……。 そんなブラッドに無償の愛情を注いでくれたのが竜たちだった。 最初は偶然だった。 竜舎の水槽に水を運んでいた時だった。 慣れない仕事に、ブラッドは転んで桶の水を被ってしまった。擦り傷や打撲はよくあったが、まだ、浅い春の早朝の水は刺すように冷たかった。 歯の根が合わず、震えて立ち上がれずにいたブラッドの背中に熱いものが触れた。 驚いて振り向くと、竜の顔が間近にあった。 瞬きすら忘れて、竜の宝石のような瞳に見入った。怖さは無かった。 動けずにいたブラッドを竜が前足で掴んで立たせた。竜は、そのままブラッドを離さないで自分の翼で覆った。 竜は翼を羽ばたかせて飛ぶ。しかし、翼のみでその巨体を空高く飛ばすことは不可能だ。 では、どうするかというと、翼に自然界にある 『地水火風』の四大元素…エレメンタルを集めて飛ぶのだ。生まれながらに魔力を宿している竜にとって、自然界に漂っているエレメンタルを集めることは息をするのと同じことだ。 その翼に火のエレメンタルを集めてブラッドを暖め始めた。 何だか懐かしい…感じがする…。 誰かに…優しく抱きしめられてるような…お母さん? 捨子のブラッドに母の記憶などないが、竜の翼の中は安らぎを覚えた。 しかし、その後が大変だった。 グリューンを筆頭に、水を飲みに出てきた竜が次々とブラッドの周りに集り始めたのだ。 鼻を押し付け匂いを嗅いだり、鋭い爪を出来るだけまるめて髪や頬を撫でたり、代わる代わるブラッドに触れた。 その光景を目撃したミュラーは、腰を抜かしかけたと、後にブラッドに語った。 そして、今、ブラッドはかつてないほど混乱していた。 自分の頬を摘まんだり撫でたりしているレオンの手と眼差しは、竜の翼の中を思い出させる。 何だか、暗く冷えた洞窟の奥に、小さな灯りが灯ったような……。 何か言おうと口を開いた時、戸が開いて光が入ってきた。

ともだちにシェアしよう!