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第6話
入ってきたのはミュラーだった。
中にフェリックスがいるとは思わなかったらしく、驚愕して深々と頭を下げた。
「これは侯爵さま。このような場所にお出でとはいかが致しました?」
「竜舎が騒がしかったから寄ったまでだ」
ミュラーは頭を下げたまま、
「わたしの管理力不足で竜たちを興奮させてしまいました。侯爵さまの竜に怪我はありません。お気を煩わせて、申し訳ありません」
と、更に頭を深く下げた。
「頭に責は求めていない。多少の音で驚いたり興奮しないよう調教もしていよう。したが、大声程度で騒いだりしては戦場では戦局に影響する」
「はい。調教の見直しを含めて、内容をもう一度吟味いたします」
フェリックスは軽く片手を上げて、
「了承した。更に励むよう」
と、その話は終わりだと頷いた。
二人の様子を見ていたブラッドは手足が冷たくなって震えていた。自分の不注意で大事になってしまったのに、何の落ち度もない調教師頭のミュラーが叱責されている。
顔色を無くしているブラッドにレオンが気がついた。
その薄い肩を抱き寄せた。自分の熱を分けたくなったからだ。
「さて、話も一段落したようだ。頭、俺に何か用があったのではないか?」
ミュラーが頭を上げた。
「そうだ。卵なんだが」
「新しい卵が来たのか。…では、おぬしが今日来るときいていた卵売りか」
「そうです」
ブラッドはレオンの胸にしがみついたまま3人の会話を聞いていた。
どうして、この人は優しくしてくれるんだろう……。
大陸では、大きな戦は20年ほど前に収束したが、国境などの辺境では未だ小競り合いが続いている。辺境付近よりは物資が豊かに集まりやすい城下や都心部でさえ、人々の心に余裕がないのか孤児のなどの社会的弱者には優しい世ではない。
極端なはなし、他人に施しをする余裕がない、ど考えている人が殆んどなのだ。その為、一般からの喜捨は少なく、孤児院の生活は厳しかった。
そして、孤児院出のブラッドにも世の中は厳しかった。
城に来てからも『奴隷として連れて行かれそうになった』が『奴隷だった』という間違った認識が広がり、人当たりはきつかった。
その中で、竜の調教師頭であるミュラーは最初から先入観なく接してくれた。無条件に竜に好かれるブラッドに対し、妬むでもなく蔑むでもなく、自分の子供のように面倒をみてくれる。
他の調教師は、やはり、竜のブラッドと自分たちに対する態度の違いに戸惑い、嫉妬し、一線を引いた対応になっている。
レオンの腕の中で自分の思考に沈んでいたブラッドは、グリューンの名前に、顔を上げた。
「グリューンに卵を与えたんだが、ちと、困ってな」
ミュラーが頭を掻いた。
「厭うておるのでなければ、問題ないと思うが?」
レオンが首をかしげた。
黒髪が、さらりと揺れた。
自分の癖っ毛と違う艶やかな髪に釘付けとなる。
「自分の竜舎へ持って行ったんだが……あそこはグリューンが屋根を破壊しちまってるんだよ」
「あ」
と、ブラッドとレオンが同時に声を上げた。
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