7 / 158
第7話
卵を抱いたまま、自分の寝床から動こうとしないグリューンを調教師たちが別の竜舎へ移動させようと集まっていた。
グリューンが破壊した屋根からは、燦々と日が降り注いでいる。他の竜たちも、何事もなかったかのように自分の寝床で各々寛いでいた。
そこで大声を出す訳にもいかず、調教師たちはグリューンの前でうろうろするしかなかった。
引っ張ろうにも竜に力で勝つ訳もなく、竜笛を吹いて言うことをきかせようにも、他の竜にも影響を与えてしまうため、胸元の笛を口に運ぶような勇者はいなかった。と言うより、その後の事を考えたら、笛を吹く勇気のある、否、無謀な行為は出来ない。
その膠着状態のところへ、ミュラーを先頭にフェリックス、レオン、ブラッドの順で竜舎に入ってきた。
ミュラーの登場にほっとし、フェリックスに驚いて、レオンに納得の表情になり、最後のブラッドには、皆、一様に訝しげな顔になった。
「頭……」
困惑顔で、ミュラーに次いで古株のウォーレンがグリューンを仰いだ。
「分かってる。……ブラッド」
ミュラーは振り返って、レオンの陰に隠れるように小さくなっていたブラッドを手招いた。
レオンの陰から出るのをためらってると、フェリックスがブラッドの手を引いて自分の前に立たせた。
「ブラッド、グリューンを隣の竜舎に移動させてくれ」
「えっ?」
「お前さんの言うことならグリューンはきいてくれる筈だ」
「そ、そんなこと、ミュラーさんの方が、竜に詳しいし、言うこときくと、思う…思います」
ブラッドは俯いた。
ミュラー以外の調教師たちの視線が痛かった。
暴行を受けた脇腹が、ずきずき痛みが振り返したような気がする。
「あのぅ、グリューンの竜騎士は、今、城に滞在しておるのでしょか?」
ウォーレンがためらいがちにフェリックスに訊ねた。
フェリックスは頭を振った。
「北の国境付近が焦臭い。彼の騎士団は、国境の砦を巡回中だ」
中央の北は、竜の背骨と呼ばれる峰が連なってる。その峰から北の地は農耕に適さなく、放牧と鉱物資源に頼っている。
大戦後、穀物倉と呼ばれてる中央国と友好を結ぶ国も多いが、隙あらばと狙っている国もある。中でも、北方の国はその年の夏の気候によっては、冬に多くの餓死者が出るため、中央の穀物地帯を欲しがってる。
ここ最近、その北方国の一部が、互いに国境と定めている河を越えて、砦付近の村をいくつか襲い、略奪を繰り返していた。
竜騎士団が竜を伴って視察に行くと、相手に刺激を与え、小競り合いが戦争になりかねない。当面は、砦周辺の村を襲っている山賊を装った北方兵を追い払うのが目標だ。
竜舎に竜が多く残っているのは、それが理由だった。
ミュラーが、ふいに、ブラッドに対して深々と頭を下げた。
「頼む、ブラッド」
「ミュラーさん、そんな、あの、頭を上げて下さい……」
ミュラーも調教師たちの複雑な表情には気づいていた。培った自尊心とブラッドに対する嫉妬だ。
どんなに技術的に優れた調教師になろうとも、竜からの信頼を得るのは容易ではない。刷り込みによって人間を自分たちの仲間だと認識させても、必ずしも言うことをきくという訳ではない。
飴と鞭で騎竜として育てるのが精一杯なのが実状だ。後は、訓練や実戦で騎士と竜が心を通わせて、初めて完璧な騎竜となる。
それは、調教師以上に騎士にとっても命懸けだ。
ブラッドは、それらの壁を全て取っ払い、初めから屈託なく竜たちからの信頼を得ていた。
何が、自分らと違うのか。何を持っているのか。ミュラーも初めの頃は悩み、嫉妬した。
しかし、目の前の自信なさげに立ち竦むブラッドには何の含みもなかった。
グリューンを筆頭に竜たちはブラッドを我が子のように、保護対象と定めていた。
ふいに、キュイッと甘えた声がした。
レオンの後ろに、琥珀色の瞳の竜が立っていた。
「アンブルではないか」
フェリックスの騎竜だった。
まだ若いが、他の竜より躯が大きく、血気盛んで制御に難しいが、フェリックスのみを背に乗せることを赦していた。
「なるほど」
アンブルの視線がブラッドに注がれている。
「アンブルもブラッドが良いらしい」
「ええっ?」
フェリックスと竜を交互に見て、ブラッドは頭を抱えたくなった。
何だろう。
話がどんどん自分を置き去りにして大事になっていっているような気がする。
ともだちにシェアしよう!