8 / 156
第8話
「ひとつ、提案があるのだが」
レオンがブラッドの前に出た。
「人数を必要最小限にしてはどうだろう」
ミュラーが訝しげにレオンに向き直った。
レオンはブラッドに視線を向けた。
大勢の人に囲まれては、ブラッドも竜に語り掛けにくいだろう、と。
ミュラーも頷き、ブラッドを竜に近づかせないように立ち塞ぐようにしている調教師らを見た。
「お前たち、外に出ていてくれないか」
「かっ、頭っ!」
「そいつは聞けねぇっ」
「調教師はおれらだ。こんな、奴隷のガキに、なんだって竜を任せなきゃなんねぇんだ!」
奴隷という言葉に、フェリックスが反応した。
「参ったな……。私は奴隷商人に拐われそうになっていたブラッドを助け出した筈なのだが、いつの間にブラッドは奴隷になったのだ?」
榛色の瞳の光が鋭くなった。
「もともと、ブラッドは私の屋敷に連れて帰る予定だったのだ。だが、城の下働きが不足していると知り、そこで働くというブラッドの意思を尊重して城に置いてあるだけだ。しかも、私は、一言も奴隷を連れてきたとは言ってはいない。誰が、ブラッドを奴隷だなどと言い出したのだ」
温厚で知られている侯爵の、常にない怒りに触れ、調教師たちは後退り、息を飲んだ。
柔和な侯爵しか知らない彼らは、彼が竜騎士ということを思い出した。竜騎士は貴族というだけではなれない、実力と気概が伴ってこそなのだ。
ましてや、フェリックスが所属する青嵐竜騎士団は苛烈で迅速。常に戦の先陣をきることで人々に認知されている。
好んで敵に回したい人物ではない。
「あ、あの……」
噴火寸前の火山と化した侯爵に話しかけた勇者はがいた。
「ぼく、気にしてないですから……」
ブラッドは混乱と恐怖で一杯だった。
今朝も、いつも通りに始まった筈だった。竜たちのために水を汲み、寝藁を代えて、犬舎を掃除し、厨房の手伝いをする。そんな、いつも通りの日常になる筈だった。
レオンと会うまでは……。
ふと、レオンと目が合った。
蒼穹の瞳が気遣わしげにブラッドを見ていた。
何故だろう。
レオンの瞳を見ると、冷えていた胸の辺りが暖かくなるような気がする。懐かしいような、悲しいような……。
「ブラッドは優しいね」
ふいに、優しい口調でフェリックスが言った。
それなのに、背中に氷を押しつけられたように肌が粟立った。
口元は微笑んでいる。しかし、目は笑っていなかった。
「私は爵位を持っている。しかし、ここでは、私以外は皆等しい。ブラッド、身に降りかかる火の粉は、可能な限り自分で払わなければいけないよ」
厳しいが、暖かい言葉だ。
「そして、大人が見当違いの苛立ちを年端も行かない子供にぶつけてはならぬ」
調教師らが項垂れた。
皆が、どのような心持ちかはわからないが、ブラッドに非がないことは承知していた。だが、長年、竜の調教をしてきた自尊心は自分の非を認めることを拒否するのだ。
「あの、ぼく、そんなに小さな子供じゃありません」
レオンは、ブラッドをまじまじと見た。
「子供だろう」
「ぼく、もう、17です」
少しの沈黙の後、レオンとミュラーが嘘だろうと同時に叫んだ。
「誕生日は分からないけど、ぼくを拾ってくれた神官さまが教えてくれたんです。今の国王さまが即位した年に拾ったって……」
今年の夏で、即位して18年になる。
長身のレオンの前にいるせいか、ブラッドは更に小柄に見える。細い首に薄い肩。 か細い手足。
言葉にはしないが、皆、同じことを思った。
発育不良……
ともだちにシェアしよう!