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第八話 宝の持ち腐れ
清涼が言った通り、一階の図書室はまるで宝の山だった。
国内外の貴重な書物がぎっしりと収められた本棚は、どっちを向いても稀覯本や、高価なものばかり。
これを……中央教会の司書に見せたら間違いなく卒倒する。それくらい凄かった。
「想像していたよりも…ずっと凄いね…!量も質も…あり得ないの一言だよ!まあ…長く生きた吸血鬼なら…これも、ありなのかな?以前の館の主は、随分と君と性格が違うみたいだね。ここの本はどうやら一応分類されて、収められている様だけど…うーん…なんか捻くれてる?」
降夜が、ぐるりと本棚を見て回った感想を、部屋の端に置かれたソファーに座っている清涼に語れば、男は何故か楽し気に笑った。
「……そうか。本は…俺はあんまり読まねえし、興味もねえな。だから…どれだけ貴重な本だとしても俺がここの主になってからは一度も読んでねえんだ。前の持ち主は…確かに俺とは全然性格が違ったぞ?捻くれてた…か…そうかもな…!あんまりそう思った事はなかったけど、言われてみれば確かに捻くれた奴だったかもな。まあここのことを…お前が気に入ったんならそれでいい。好きなだけ読んでいいからな?」
そう言って、やっぱりまだ少し眠いと大きな欠伸をして、ごろりとソファーに横になった。
座る場所を取られてしまった。
仕方がないので、脚立に腰を掛けて降夜は手に持った本を読むことにした。
静かな部屋に、本のページをめくる紙の擦れる微かな音だけが響いた。
時々、ふっと目を上げて降夜は部屋の片隅のソファーで寝ている金色の吸血鬼を眺めた。
本が傷むからなのだろう……ここは昼でも直接部屋の中へは陽の光が入らないようになっていた。
いくら、昼間でも大丈夫。
そう言っても、やはり吸血鬼に太陽の光は辛かったりするのだろうか……?
当たり前か。くすくすと降夜は笑った。
初めて見た時の清涼の姿は……満月の月明りを浴びて、まるで闇夜を従えているように見えたのだ。月の光こそが……彼にとって唯一の光なのだ。
たとえ、かつて太陽の下で生きて来た人間だったとしても。
そう言えば、そろそろ京君はこの町の近くにある、中央教会の病院に収容された頃だろうか……?
清涼に、彼はどうなったかと聞けば、中央教会の支部に京史を病院に収容するように、それと道に捨てた馬鹿の処分も頼んだと……少し昨晩の事を思い出したのか、眉間に皺を寄せた不機嫌そうな顔で降夜に答えてくれたのだった。
その不機嫌そうな顔に降夜は笑いながら、もうそんな顔止めなよ?と言った。
そんなに怒らなくても、もう大丈夫だと言えば、漸く清涼は表情を緩めた。そうだな。そう言ってこの館を案内してくれたのだった。
「……太陽の光の中なら…もっと綺麗だったんだろうな…」
降夜は、静かに眠る青白い寝顔を見下ろしてそっと呟いた。
彼の金色の髪は夜の闇でも輝いて美しいが、きっと太陽の眩い光の中では……目の眩むような強い輝きで見る者の目を奪ったことだろうと、想像したのだ。
そして、くすりと笑いを零した。
降夜の事を、随分と乱暴な聖職者だと言った彼が……清涼が昔人間だった頃には、エクソシストとして、ここの教会に居たと聞いて、それを想像すればおかしかったのだ。
きっと彼のことだ。随分と乱暴な口を利く、粗野な聖職者がいたものだと……人々に思われていたに違いない。
それでもきっと彼は人々に好かれて、慕われていたのだろうと思った。
口は悪いし、態度も横柄だが……面倒見のいい神父さん。
それがどうして……?降夜と違い、見習いではなく正式な祓魔師だった彼が、吸血鬼の眷属なんかになったのか……それが不思議で仕方がなかった。
性格は、かなり真っすぐで直情型に見える清涼だったから、彼が神への信仰を捨てて悪魔へと身を落としたことが、信じられないのだ。
一体何があったの……?
好奇心はあった。
これほど真っすぐで正直な……優しい人間が、人類の敵である吸血鬼にその身を捧げたことがどうにも納得がいかなかったのだ。
でも、だからこそ軽々しくその訳を聞くわけにはいかないと思った。
どれほどの絶望が彼を襲ったのか……聞くのが怖いという気持ちもあった。
いつか……話してくれるだろうか……?
降夜は、そう思って胸の痛みに唇を噛みしめた。
人の生き血を啜り……かつての同胞の命を糧に七百年も生き続けるその訳を……
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