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第十話 初めての夜
お願いだから……もう離して……!
降夜は、自分の身体を抱え込んで、掌を舌をあちこちに這わせる男に懇願した。
止めて……嫌だとずっと繰り返し続けた。
その度に、そんなの聞けるかと言って清涼が更に降夜の身体を、弄り続けて……一体どれだけの時間が経ったのだろう……?
太陽が天に昇っている間は閉め切られていたカーテンが、今は開けられていた。
今は太陽の代わりに、青白い月が天高く昇っているのが窓から見えるはずだった。
でも……今の降夜にはそれを見る余裕などなかった。
夕食の後、食後のお茶を二人で飲んで、降夜をお風呂へと案内してくれるというので清涼についていくと……
「……え?ここって…俺が寝かされていた部屋だよね…?」
降夜が驚いて声を上げた通り、その部屋は昨晩清涼に連れて来られた時に寝かされていた……この館で一番大きな寝室だった。
「ああ。ここは…前の主の寝室だったんだ。家具も…俺じゃあ価値なんてさっぱりだが…多分相当良い物ばっかりだろ?だからお前の部屋にしたんだ。俺が使うと、なんかそこら辺のものを壊しそうで怖かったんだよ。でも…お前ならそんなこともねーだろうからな!そんで…ほら、ここの扉を開けると…洗面所と浴室になってるんだ。流石に吸血鬼でも風呂ぐらいは入るが…自分の寝室の中に風呂場を造るのは、アイツぐらいしかいねーだろうな」
なるほど。降夜が何故この館の主寝室に寝かされていたのか……漸く理由が分かった。
確かにパッと見ただけでもかなり高価そうな家具ばかりだから……ちょっと乱暴な所のある男にとって、この部屋はさぞ落ち着かないことだろう。
「ふーん…君も相当変わっていると思っていたけれど…前の主も結構な変わり者って訳かい?でも…こんな近くにお風呂があるのは有り難いよ。じゃあ早速使わせて貰うね!」
降夜はそう言って笑った。
それを見て清涼はまあ……確かに便利だよなあと苦笑したのだった。
お風呂から上がると、部屋のベッドに腰かけていた清涼が、風呂はどうだったと聞いて来たので、まさか……自分を待っているとは思っていなかったから、少し吃驚したけれども、中々良かったよと、素直に感想を言えば、嬉しそうに笑った。
それを見て、降夜はやっぱり不思議に思うのだった。
この館を降夜が気に入ったことが嬉しいのは……まあ、分かるけれど。
自分が造った訳でもない館の事や、集められた本の事を、降夜に気に入ったかと聞いてくることが……なんだか他に理由が在りそうで……落ち着かないのだ。
一体何故……そこまで降夜の事を気にするのか……?
そもそも……男である降夜を何故、血の生贄に選んだのか……理由があるとしたら、是非とも知りたいと思った。
でも……その前に聞かなければならないことがあったので、降夜は清涼の前まで近づくと尋ねた。
「……もしかしなくても…俺の血を飲むつもり…なんだよね?どうすればいいの?首回りに布が掛からないように…これの釦を外せばいいのかな…」
少しだけ緊張した声で降夜がそう聞けば、清涼は笑ってそんなのは俺がやってやるからお前はこっちに来ればいい。そう言った。
低い……その声に、思わず身体に震えが走るのだった。怖い……勿論それもあった。
だけど……
「うん。分かった…」
金色の瞳は、降夜をじっと見つめていた。まるで自分が……小さな動物にでもなった気分だ。怖くて……でもなんかドキドキする……この気持ちは一体なんだろう。
戸惑いながら近づいた降夜を抱き寄せると、清涼はベッドの上にそのまま引き上げて降夜の寝間着の釦に手を掛けた。
どこを見ればいいのか分からなかったから、ただその手を黙って見つめた。
大きな手だなと……そう思っていると、その手が降夜の寝間着を脱がしたので、慌てて声を上げた。
「え…!なんで、脱がせるの…?」
思わず声が……上擦った。
驚きと羞恥で少し顔を赤くした降夜の問いかけに清涼は答えずに、黙って降夜の唇を自分のそれで塞いだ。
ビクリと身体が跳ねて……また更に恥ずかしくなった。
身体を固くした降夜を、宥めようとしているのか、更に追い詰めようとしているのか……
降夜の唇を強引に舌で抉じ開けるようにして、口内へ舌を入れて来た。
「ん…!」
じわりと……涙が滲んだ。
恥ずかしさと……困惑と……他にも色々な感情が渦巻いていた。
だが、男は香也の困惑など気にも留めないで、降夜の口の中をまるで我が物顔で……味わうように舌を動かした。
歯の裏側も、上顎も……柔らかな肉塊によって愛撫されてどうしようもなく、涙が溢れてくる。
なんで……?そう思って降夜は自分を抱く清涼の胸に、縋り付くように手を伸ばした。
血を……飲むんじゃなかったの……?
問いかけは、口を塞がれている為に、目の前の男に届くことはなかった。
深い口づけをしながら、清涼は降夜の肌を、掌でゆっくりと撫でまわした。
いや……だ……止めて……!
降夜の唇を離すことなく、貪りながらもその手は胸のあたりに掌を押し当てた。
「…ふぅ…んん…っ」
爪の先でそこを突かれて……思わず声が漏れた。
唇を塞がれていたからくぐもっていたが、自分の声とは思えない……鼻にかかったような甘い響きに顔が赤くなった。
「なんだ…ここ…気持ちいいのか?」
降夜の反応に、漸く唇を離した清涼が、耳元でそう言って、今度は指先で押し潰すように胸の先……薄く色づいたそこを丹念に弄りだした。
「……っ!ち…ちが…あ…っ…やだ…!」
もう止めて……そう降夜が言ってその手を掴んでも男は動きを止めなかった。
やだ……もういやだってば……泣きながらそう言ってるのに、まるで気にする素振りすら見せなかった。
なんで……?どうして……降夜は声を詰まらせながら、こんなこと……どうしてする必要があるのと訴えた。
「……ったくよお…!さっきっからお前…嫌だしか言わねえなあ…?俺はちゃんと言ったよな…俺の血の花嫁にするってよ!まさか何もされねえとは、思ってなかっただろう?諦めて大人しく気持ちよくなっておけよ…こんなんじゃあ先が思いやられるなあ…」
降夜の抗議に答えを一応は返した清涼だったが……それを聞いて降夜は更に涙を零したのだった。
まだ……先があるのかと思って、これ以上何をされるのだろうと不安になったのだ。
「だって…!君は…俺の血を飲むから…その為に俺をここに連れてきたんじゃないの…?どうして…?なんで…こんな…ことするの?自分で…言った癖に…!処女の血しか…飲まない…そう言った癖に…!」
ボロボロと涙を零しながら、そう訴えると小さく溜息を吐いて……そんなに、泣くなと降夜の頭を撫でて……頬を流れる涙を舌でべろりと舐めあげた。
「……一応、最後まではやんないけどよ…それでも、それなりには色々させて貰うつもり…だったんだけどよ?こんなに嫌がられるとは…流石に思ってなかった。仕方ねえか、最初だし…今日はこの辺でやめるか…」
清涼は、降夜の顔を眺めて……お前泣き過ぎとぼそりと呟くと、降夜の身体からその手を離して脱がせた寝間着を掴んで、そっと肩に着せかけた。
まさか本当に止めてくれるとは思わなかった。
絶対に……その手をどけたりしないと思っていたから、降夜は驚いて清涼の顔を見つめた。
とっても不満そうではあったが……それでも、降夜が泣いて嫌がったから。そんな理由で、自分の欲求を押し殺すなんて……
「……ごめん…一応は…俺も、その…覚悟はしてたつもりなんだけど…思ってた以上になんかすごいことされそうで…怖かった…んだよ。でも…君が俺を…そういう風に扱うつもりっていう事は分かった。なんとか…我慢するよ。君は…どうせ慣れているんだろうけどね…俺はこんなこと、慣れてないんだから…もう少し加減してくれると…助かるんだけど…」
ごしごしと掌で涙を拭いながら、そう降夜が言えば……
清涼は少し不機嫌な顔のまま、目をそんなに擦るなと言って、自分のシャツで降夜の顔を拭いてくれた。そして、俺だって、こんなことすげー久しぶりだと呟いた。
「……お前…俺のことをなんか誤解してねーか?毎月違う女をこの館に連れ込んであれこれしてただろう…って思ってんだったらなあ…そんなことねーからな!大体吸血鬼に手籠めにされるって分かってて娘を差し出す親がどこに居んだよ?この町は確かに、俺をここに閉じ込める為に…血の生贄を捧げることを条件にして集められた元罪人達の住む場所だ。でも、いくらそういう人間でも、自分の娘を吸血鬼の慰み者なんかにしたがるかよ?俺は、血を飲んだらそのまま何もせずに家に帰してたぞ!」
清涼はそう言って……むすっとしたのだった。
それを聞いて……思わずポカンとした俺の顔を見て、清涼はやれやれと……肩を竦めて、やっぱりそう思ってたんだなと溜息を吐いた。
「……そう…だったんだ。ごめん…てっきり俺は…そう思ってたよ。でも…じゃあなんで…?今まで…えーと…こういうこととか…しなかったんだよね?なんで、俺にしようとしたの…?別に血を飲むだけなら…必要ないこと…なんだよね?」
躊躇ったけど……降夜は思い切って尋ねてみた。
それに対して清涼は、なんで……ってお前なあと思い切り溜息を吐いた。
「そんなの、お前以外は全員花嫁でもなんでもなかったからに決まってんだろーが!お前は、一晩だけ俺の物っていう女とは違うだろう?この先お前が死ぬまでずっと俺のもんだ。それなのに、指一本触れさせねーとか、それこそおかしいだろうが!確かに血は飲むけどよ…俺はそれだけなんて嫌だからな。なんなんだよ…まったく…」
清涼は、降夜を思いっきり恨めしそうに睨みながら金色の髪をガリガリと乱暴にかいて……本当に処女は厄介だと言ったので……今度は降夜が思いっきり眉を跳ね上げて、目の前で暴言を吐いた吸血鬼の胸を力いっぱい叩いた。
「……!本当に…君って失礼なことばっかり言うよね!なんなの…?そんなに初めてなのが悪いか!誰だって、最初はそうだろう?君だって…今はそんなんだけど…昔はそんなんじゃなかっただろう?あーもう…!ムカつくなあ!仕方ないじゃん!まして…男相手にこんなことされるなんて…思ってもみなかったんだよ?なのに…全部…全部俺の所為だっていうの?俺が…悪いって言うのかよ!」
降夜は怒鳴って……思わず涙ぐんだ。
ついさっきまでの羞恥と困惑から流していた涙ではなく、腹ただしさと悔しさから出た涙だった。
泣いている所をこれ以上見られたくなかったから顔を背けたが、降夜の剣幕に一瞬驚いた顔をしたものの、清涼は降夜を腕の中に閉じ込めた。
降夜は、離せよと泣きながら言ったが、清涼は嫌だと言って腕の力を更に強めた。
もう……なんなんだよ……!
泣きながら降夜は文句を言った。血が飲みたいならさっさと飲んで部屋に帰れと喚いた。
「……俺が悪かった…謝るから…だからもう泣くなよ…別にお前を責めたいわけじゃねえんだよ…お前は、俺に余裕があるとでも思ってるみたいだがなあ…そんなことねーんだよ!お前を…あの夜に見た時から…お前に触りたくて仕方なかったんだ…降夜…俺を拒まないでくれよ…」
降夜の頭に自分の顔を摺り寄せて、金色の吸血鬼は心底困り切った声で囁いた。
それは、さっきまでの自信満々な……いや、本人はそんなつもりは全く無かったらしかったが……それでも、まるで途方に暮れた子供のようなその声は降夜の怒りを鎮めた。
「……別に…そんなに、嫌だったわけ…じゃない。急だったから…吃驚したのと…恥ずかしかったんだよ。ねえ…?本当に…俺でいいわけ?だって…今までずっと女の人だった…訳でしょ?なんで…俺なの?」
清涼の腕の中で降夜も途方に暮れてそう囁き返すのだった。
だって……分からなかったのだ。何故この男が自分に固執するのか……ただ血を飲むための……新鮮な生き血の入れ物。降夜の事をそんな風に思っていないみたいな、男の態度が不思議で、どう考えていいのかさっぱり分からないのだ。
「……そうか。嫌じゃない…のか?良かった!確かに急ぎ過ぎてたかもな…分った。これからはちゃんとお前の気持ちを考えてから…する。出来る限り…な?それとな…お前がいいんだよ。別にお前が男だろうが女だろうが…俺には関係ねえよ。降夜がいいんだ。お前以外に欲しいと思った人間はいねえよ。これまでも、これからも…俺にはお前しかいねえ」
清涼はそう言って、自分の腕の中にいる降夜を離しはしないと強く抱きしめた。
少し苦しいよと言えば、ほんの少しだけ腕の力を緩めて降夜の顔を覗き込んだ。
その金色の瞳は降夜だけを見ていた。
降夜は微笑んで、その瞳を見つめ返した。自分の瞳にも……彼の姿だけが映っている。
静かに男の唇が寄せられて、降夜はそのまま瞳を閉じた。
温かい……唇同士がぴたりと合わさった。
もっと……冷たいのだと思っていた。
血の通わぬ不死の化け物だと信じていた。
だけど……こんなにも温かいと降夜は知ったのだった。
腕も……顔も……胸も唇だってこんなにも熱い……
清涼の舌が降夜の口の中へ、優しく差し込まれた。降夜はそれに舌先を絡めるようにしてもっと奥へと誘い込んだ。熱くて……柔らかくて気持ちがよかった。それを教えるように男の広い背中へ手を回して、自分の方へ引き寄せた。
甘くて蕩けそうな……吐息を微かに零しながら、自分を抱く男の腕で降夜はゆっくりと身体の力を抜いた。
もう……怖くはなかった。
ただ……自分が欲しいとそれだけを伝える男のことが……こんなにも……
「ああ…それとな…さっきのことだけどよ…」
長い口づけの後に、顔を覗き込んで清涼が少し困ったような顔でそう言って……
一体なんなのと首を傾げる降夜の頭を自分の胸に押し付けた。
そのまま……耳元で、初めてで悪いわけねーだろ?そんなの嬉しいに決まってる……と囁いた。
ああ……!もう……コイツ……!本当に……
なんて……なんて……恥ずかしい事を言うんだ!
降夜は男の腕の中で恥ずかしくて身悶えるのだった……
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