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第六話 誓いの言葉
「ねえ…そういえば、ここに来て一か月経ったよねえ…?もう、そろそろしてもいいんじゃないかなあ…」
「ああ…?何をだ?っていうか…お前寒くねえのかよ。布団かけとけよ!ほら…」
不機嫌な顔をした清涼だったが、枕を腕に抱いてパタパタと足を動かす降夜を見て……うぜえ……と言いながら布団を掴んで、少し乱暴に降夜の身体にそれを掛けてくれた。
「ん…ありがとう。何って…結婚式。まあ…もうすでに新婚生活みたいな感じだけどさ。やっぱり、一生に一回くらいは挙げてみたいものだよねえ…あ!そう言えばどっちがドレス着るのかな?俺?それとも騒君?」
掛けてくれた布団を身体に巻きつけた降夜が、清涼ににじり寄れば……は?という間抜けな声と共に、手に持っていたタバコから灰がぽろりと落ちた。
「っと!あっぶねえ…!お前…一体何を言いやがる!吃驚すんだろう!結婚式だあ?するわけねえだろう!大体お前男じゃねえか…うちの宗派じゃあ同性婚は認めてねえぞ。あと参列者はどーすんだよ?手前の家族や親族なんてとっくの昔に死に絶えてんだろうが…お前に友達が居るとも思えねえしなあ…居ても教会に入れねえだろうが!そもそも、俺が吸血鬼のお前と結婚するわきゃねえだろうが…」
馬鹿な事を言ってないでさっさと寝ろと、持っていたタバコを乱暴に灰皿に押し付けて、清涼は自分に近寄って来た降夜の頭をぐりぐりと乱暴に掻き混ぜた。
馬鹿な事……と言った癖に、駄目な理由を答えてくれるところが、実に清涼らしかった。
「それなら、同性婚が認められてる宗派に騒君が改宗すればいいじゃん!あとさあ…俺に友達が居ないなんて随分と失礼じゃない?君と違って少しぐらいなら居るんだよ!それに心配には及ばないよ?俺の友人たちは全員上級悪魔ばっかりだからねえ…教会なんて全然平気さ!呼べばみんな喜んで参列してくれると思うよ~」
だから、早く改宗してくれと清涼に言えば……呆れた顔をされた。
「……お前なあ…吸血鬼と結婚式を挙げるエクソシストがどこにいるんだよ?宗派以前の問題だろうが!それと…お前…うちの村に上級悪魔を何人も入れるつもりか?ふざけんな!そんな危ねえこと絶対にすんなよ?とにかく、結婚式は挙げない。諦めて大人しく寝ろ!」
清涼は、盛大な溜息をついて、自分にくっ付いて来た降夜の身体を剥がすと、隣にころりと転がし、自分もその隣に横になってもう寝るぞ言った。
「ちぇー!騒君のケチ!意地悪!分からず屋~!」
横で目を閉じた清涼の耳元で、降夜は文句を言った。
清涼の言っていることが正しいことくらい降夜だって分かっている。
でも、それでも……と降夜は思う。
清涼の言いつけを守って、この家からほとんど一歩も出ないでいるのに。
ご飯も作ってあげてるし!
掃除したり、洗濯は……騒君がしているけれど、畳むのは俺がしてあげている。
毎晩同じベッドで抱き合って眠るのに……結婚式くらい挙げてもいいじゃないか!と。
「あーもうー!うるっせえなあ!眠れねえじゃねえか!一体どうしたんだよ?なんで…そんなに結婚式を挙げたいとか言うんだよ!?なんなんだよ…」
降夜の地味な嫌がらせに、がばりと起き上がった清涼が、ぐにゅっと降夜の口を摘まんで怒鳴った。
それ……結構痛い。
「……だって…この間…のが羨ましかったんだもん…!」
摘ままれた口元がヒリヒリして痛かったが、なんとかそう言った降夜の顔を見て、この間?と清涼は首を傾げた。
「……ほら、神父様が腰痛で寝込んでしまったから、君が代わりに結婚式を執り行ったことがあったじゃない?君が壁に開けた穴から…こっそり覗いてたんだ~そのときさあ…汝健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも…ってやつ!騒君が言ってたの聞いたんだよ。すごく…いい声でさ。なんかいいな~って思ったんだ。俺も騒君にそれ言って欲しいなあって思って。だから結婚式しよう?」
清涼の顔を見上げて降夜はニッコリと笑ってそう言った。
それに、酷く驚いた顔をした清涼は……ちょっと待てと言って少しだけ考え込んだ。
「ああ…あんときのか…?汝健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも貧しいときもこれを愛し、敬い、慰め遣え、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?だな。でもよ降夜…?この誓いの言葉を俺が言うってことはだな、俺以外に新郎が居ないと結婚式っていうのは成り立たなくねえか?」
呆れた顔でそう言って……お前は本当に馬鹿だなと、降夜の頭をまたぐしぐしと撫でた。
その乱暴な手の感触は、嫌いじゃないので降夜は大人しく撫でられた。
まあ……髪がぐしゃぐしゃになってしまうのが、難点なんだけれど。
「そっかあ…!じゃあ、騒君が神父さん役をやってよ。騒君は俺と結婚する気ないみたいだし?誰か適当なのを呼んでやってみよっかな~人間の真似事なんて結構みんな好きだから面白がって乗って来ると思うなあ」
笑いながら、清涼の顔をちらりと見れば……一瞬だけポカンとした顔をしたすぐその後に、額に青筋を立てて……てめえふざけんな!と怒られた。
「……お前とは結婚しねえ!でも、他の奴と結婚もさせねえからな…!」
降夜に覆いかぶさり、真剣な声で告げられたその言葉はこんなにも強いのに……誰よりも深い執着を見せる癖に。どうして言ってくれないのかなあ?
「じゃあ、好きって言って?」
それで我慢してあげると言えば……さらに眉間に皺を寄せられてしまった。
本当に……どうしてこんなに頑固なんだろう?
一度でいいから言ってほしいと降夜がどれだけお願いしようと、清涼は降夜に好きだと言ってくれない。
まあ……言わなくても分かっているといえば、分かっているのだけれども。
でも、それとこれとは話が別だ。やっぱり愛の言葉は直接口で伝えて欲しいものなのだ。
たとえ……七百年生きて来た吸血鬼であったとしても。
「……お前…本当にうぜえ…!もう…黙れ…」
とうとう、清涼が切れた。
降夜の唇を乱暴に塞いで息もできないくらいの深い口づけをしてきた。
布団の中で……自分の身体を抱き寄せる熱い身体に押しつぶされて、降夜は静かに目を閉じた。
言葉が貰えないなら……こっちでもいいか。
まあ……今日の所はこれで許してあげる……そう囁いて、両手を清涼の背中に回した。
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