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第71話
その覚悟の時は、俺が思っていたよりも早く、最悪な形で訪れた。
「あれ、隆明さん……?」
暗い気持ちのまま何とか乗り切ったこの一週間。
今日は金曜日で、隆明さんはいつもの“用事”とやらで遅くまで帰ってこない。普段通りに一人で夕飯を作って食べる気になれず、仕事終わりにその足でどこかで食べて帰ろう、と思ったのが間違いだったのか―。
「たぁくん、次あっちのお店見に行こ!」
「ハイハイ。アキ、やっぱり最近物欲が凄いんじゃないか?」
「そうかなぁー」
駅前のデパートへ入って行く後ろ姿は、アキと呼ばれた大学生くらいの女の子に手を引かれる、隆明さん。
その手には沢山のレディースショップの紙袋がさげられ、まるで仲睦まじいカップルのように……
「なんだよ、それ……っ、」
俺が実家へ行くのを断ったから?
それとも、毎週その女の子とこうやってデートをしているの?それって浮気?それとも、俺が浮気相手なの?
俺が悪いのか、隆明さんが悪いのか、この悲しみと怒りの矛先をどこへ向けて良いのかわからず、夕飯を食べずに帰宅し、隆明さんの香りに包まれながら、早々に眠りに付いた。
こんな時だからこそ、この人は俺の物だと、誰にも渡したくないと、この香りを纏っていたかった。
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