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第95話

 「ふふ、可愛らしい弟さんですね。ごゆっくりどうぞ。」  「あっ、はい…」  特別キラキラしている訳ではないけど、初めての旅行に初めての旅館、目に映る全てに感動していると、後ろで女将さんが微笑みながら言って出て行った。  「弟さん、だって。」  「ム〜、そりゃあ恋人同士には見えないだろうけど……それって暗に俺が幼いって言ってません?」  「気の所為でしょ。どちらかと言うと、俺がオジサンって事じゃない?」  「隆明さんはオジサンじゃありません!まだまだカッコイイ現役エリート社長です!」  「はは、それらしい単語並べれば良いってものでも……。」  庭園を眺めながら、広縁の椅子に座って二人で暖かいお茶を飲む。  まだまだ先の話だし、全然現実味はないけれど、老後はこうして静かで穏やかな生活を送りたいな、とふと思う。  隣にはもちろん隆明さんがいて、しわしわのよぼよぼになっても、寄り添って手を繋いで、ずっとずっと大好きです、って笑っていたい。他愛ない話をして、好きだよって言い合って。  そんな夢を描いても許されると思うくらい、この空間はとても素敵なものだった。

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