127 / 132

第110話

 マサの背中を見送った後、ベンチに座ってしばらく景色を眺めた。吐く息は白く、遠くに見える木々はキラキラ輝いて見える。  あの時勇気を出して告白していたら、俺はきっと隆明さんに出会っていなかった。今のこの幸せは、あの時の自分の気持ちを犠牲にして手に入れた物。大切に大切に、この想いを育んでいきたい。  「太一くん、風邪ひくよ。」  「あ…隆明さん、」  何も考えず、ぼーっと座っていると、隆明さんが迎えに来てくれた。ごめんね、旅館から見てた。って言われて、あんなに背中を押してくれていたのに、本当は行って欲しくなかったのかな、なんて思うとくすぐったい。  「へへ、俺ちゃんと話せましたよ。」  「うん。手を握られたり頭を撫でられたりしてたのは少し気になるけど、太一くんの笑顔が戻ってきて良かったよ。」  「あ…えと、部屋に戻って、話しませんか?」  「何かあったの?」  見られていたのなら、話しておかないといけないだろう、と隆明さんの手を引いて歩き出した。本気で心配してくれている隆明さんに、あったようななかったような、と曖昧に返事をすると、繋いだ手にキュッと力が入った。  あぁ、この温もりが好きだなぁ。あの時の俺がこの道を選んでくれて良かった。

ともだちにシェアしよう!