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第156話

神崎専務との昼休憩から、日にちが経ち金曜日の就業間際に内線が鳴った。 電話の相手は予想してた通りで、そろそろ掛かってくるだろうと思ってた人物だった。 「解った。後、30分で終わる。ああ、じゃあ、後で」 内線を切り時計を見て切りの良い所まで仕事し、机の上の書類の片付け始め会社を出る準備をする。 就業時間は過ぎていたが、まだ、仕事している田口と佐藤に声を掛け、先に会社を出る。 会社の客用駐車場に停めてある車に手を挙げ、目当ての人物に挨拶し乗り込むと、程なくして車は発進する 午後から外出していた俺が会社に戻る途中だった。 会社の駐車場から1台の見た事が無いワインレッドの車が出てきて、珍しい車だと思っていた。 信号待ちしていた俺の前を通り過ぎた時、助手席に伊織さんを見かけ、チラッと見えた運転席は女の人だったような気がした。 伊織さんは俺に気付かずに、運転席の人と話しをしていた。 「女の人?」 確か昨日のおやすみLINEにも♪*明日は仕事終わりに人と会う♪*と入っていたけど…。 女の人とは聞いて無かった……見間違えかも知れない……。 そんな事を考えて帰社した。 「お疲れ様です。課長は?」 「ああ、香坂。お疲れ。課長は珍しく退社した」 「なんか、バタバタと忙しそうにしてたし、内線掛かってきてたから、デ-トじゃねえの?」 「どうでもいいだろう。就業時間は過ぎてるんだし」 「そうですか。課長が居ないのも珍しいと思いまして。田口さんと佐藤さんは残業ですか?」 「もう少し経ったら切りが良いから、そこまでして帰るかな」 「俺はもう帰る所」 「じゃあ、佐藤さんお疲れ様でした。俺も帰って来たばかりだから、少しだけ仕事して帰ります」 それから佐藤さんは直ぐに帰り、俺と田口さんは30分程仕事して駅まで一緒に行き分かれた。 俺は一旦自宅に帰りお風呂に入って、暫くどうしようか迷ったけど、帰りに見た事が気になって伊織さんのマンションに向かった。 9時過ぎにマンションに着き、伊織さんはいるかなとチャイムを鳴らす。 ♪ピンポン…♪…♪…3回鳴らしたが出て来ない。 まだ、帰って来てないのかぁ。 合鍵でドアを開けリビングに行くと、やはり室内は真っ暗だった。 ソファに座り見もしないテレビを付けて、考え事をしていた。 まだ、あの車の女の人と一緒なのかなぁ?遅くなるのかな?まさか、泊まりはないよね。 もしかして、本当に見間違えで男の人だったのかも、色んな事が次々と頭に過ぎる。 考え事をしていたら結構な時間になっていたようだった。 ガチャッ。 「あっ、帰ってきた」 リビングのドアが開いて、俺を見て微笑む。 「ミキ、来たのか?灯りが付いていたからもしかしてと思ったが」 「昨日、人と会うって言ってたからどうしようか迷ったけど、会社で会えなかったから来ちゃいました」 俺の側に来て抱きしめてくれる。 「そうか、嬉しい。ミキは遠慮して余り合鍵使わないからな。やはり、家に帰って来て灯りが付いてるのも嬉しいもんだな。飯は?風呂は?」 「伊織さんが喜ぶなら、これからは使いますね。ご飯は軽く食べましたしお風呂も入って来ました。伊織さん、お風呂沸いてますよ」 「気がつく奥さんだ。ありがとう。直ぐ入る」 俺の額にチュッとキスし、寝室のクロ-ゼットに向かう伊織さんの後を追いかけ脱ぎ捨てたス-ツとスラックスを片付ける。 「ゆっくり入ってきて下さいね」 「ありがとう」 寝室を出て行く伊織さんの後ろ姿を目で追って、片付けたス-ツの匂いを嗅ぐ。 「やっぱり、香水の匂いだ」 さっき、帰ってきた伊織さんが俺を抱きしめた時に、大人の女性が着ける上品な香水の匂いが微かにしたし、額にキスした時も着替える為寝室に行った時も残り香がした。 ベットに横になり、確かに人に会うとは言っていた、嘘は付いて無いけど………。 女の人とは聞いて無い。 俺には言えないような人?それとも俺には関係無いから?仕事関係?でも、仕事関係の人ならわざわざ会社まで迎えに来るかな?香水も移る位近い距離で……色々悩んで考えて疲れた。 それでも、帰って来た伊織さんは普段と変わらない、もしかして俺の考え過ぎかも……。 浴室から出て来た音が聞こえ、思わず寝た振りをしてしまった。 何か伊織さんの顔が見れなかったから……。 「ミキ?寝たのか?」 覗き込んでるのが解るけど、寝たふりを決めた。 「………。」 隣に横たわる伊織さんが、いつもの様に俺を背後から抱きしめ、後頭部にキスする。 「おやすみ、ミキ」 いつもの優しい伊織さんと暖かな温もりに、やっと安心した。

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