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第176話
祐一も俺が何と応えるか気になるようだが、店では関知しないのがセオリーだ。
営業用の顔に戻り、いつものバ-ボンを目の前に置く。
その一連の動作を見て
「悪いが、1杯飲んで直ぐに帰る。別の相手を探してくれ」
微笑んだ顔で話したが、相手も微笑み
「じゃあ、その1杯だけ付き合って」
「1人で、静かに飲みたいんだ」
「……そう。仕方無いね」
残念そうな顔をしていたが、あっさり去って行った。
久し振りの駆け引きだったが、何か虚しかった。
ミキと出会う前の俺なら、そこそこタイプだしあの引き際の良さを見ても後腐れ無さそうな感だった、あれなら一夜の相手にならしてただろうが、そんな気も起きなかった。
幾ら喧嘩中でムシャクシャしてても、不思議とミキを裏切る事は考えられなかった。
ミキの泣く顔は見たく無い。
やはり骨の髄まで惚れ込んでいるな。
「お前のタイプだったのにな。ま、ミキは裏切ったり別れたりしたら、2度目は無いのは知ってるはずだよな。それでも良いなら、俺は知らねぇからな」
案に裏切るような事はするなと言いたいんだと思うがもっと解り易く言ってくれよな。
「そんな気も起きねぇ~よ。俺はミキ一筋だ。後にも先にもミキだけだ」
「じゃあ、こんな所に居ないで、サッサと飲んで帰れよ」
「お前、自分の店なのに良いのか?そんな言い方して、1杯位楽しませろ。飲んだら直ぐに帰る」
「ま、気をつけろ」
営業用の顔を貼り付け、仕事に戻って行った。
それから30分程、ミキにどう謝るか考えながら飲んで居たが、その間も2人位に声を掛けられたが当たり前だが断った。
伊織さんの部屋を飛び出して駅まで走って、直ぐに電車に乗り込んだ。
自分のマンションに帰っても伊織さんが来るかも知れないと思うと、今の状態では会いたく無かった。
でも、マンション出る時に追いかけても来てくれなかった。
いつもの伊織さんなら玄関先で捕まえてくれるのに……。
その位、伊織さんも怒ってるって事だ。
きっと、マンションにも来ないかも知れないけど……。
マコの最寄りの駅から電話し「マコの部屋に行く」とだけ言い、マンションに向かった。
マコは部屋で待ち構えていた。
部屋に入るなり、俺より小さいマコに抱き着き
「マコ~。伊織さんと喧嘩したぁ。グスン…」
マコの顔を見たら我慢していた涙が溢れ出てきた。
そんな俺の背中を撫でながら
「どうしたの?何があったの?」
それから、リビングのソファ-に移動し泣いてる俺にマコはホットミルクを出して
「はい、取り敢えずコレ飲んで落ち着こう。ゆっくりで良いから、説明して」
自分も飲み始め、俺にも勧めてきた。
グスングスン……。
俺はマコに金曜日にマコ達と分かれてからの話しを始めた。
泊まりに来た伊織さん、ドライブに行って楽しかった事、伊織さんのマンションに泊まる予定が腕時計が原因で喧嘩になった事を事細かく泣きながらも説明した
「マコ。俺、悪く無いよね?」
「ん~、世間一般的には、成宮さんが怒るのは無理無いと思うよ。僕はミキの性格知ってるからね、ミキが思い出とか物を大切にしたいって気持ちも理解できるけど…そういう風に、思い出を大切にする人はいるし、逆に別れたからって捨てたり売ったりする人も多いのも確かだよ」
「えっ、どうして?グスングスン…」
俺の涙を拭きながら話す。
「じゃあ、逆の立場ならどう?成宮さんが前に付き合ってた人からプレゼントされた物を大切に取っていたら、ミキは何とも思わない?」
「………嫌かも」
「でしょ?僕だって、祐さんがそうだったら、嫌な気持ちになるし、やっぱり捨ててって言うかも知れない」
「……俺が悪いのかな?でも、本当に未練とか無いのに……」
「ん~、ミキが悪いとかじゃあ無いと思うよ。ただ、価値観の違いって言うか。未練が無いのは成宮さんだって解ってるよ。言葉の綾って言うか売り言葉に買い言葉だったんだよ。本心じゃないよ。ミキも本当は解ってるでしよ?」
マコに話を聞いて貰って、大分落ち着いた俺は
「うん、解ってる。伊織さんは本当に俺の事を大切にしてくれている」
「それが解ってるんなら大丈夫だよ。今頃、成宮さんも冷静になって、後悔してるんじゃ無いのかな?」
「……俺……明日、伊織さんに謝る」
「そうだね。取り敢えず、成宮さんに嫌な気持ちにさせた事は謝った方が良いね。後は、腕時計をどうするか?は、2人で話し合って決めた方が良い」
「マコ、ありがとう……マコ、大好き」
また、涙が溢れてマコに抱き着いた。
喧嘩した解決方法が見えて、俺はホッとしてマコに暫く抱きついて泣いていた。
その内に俺は泣き疲れて、そのまま寝てしまったみたいだった。
「もう、本当に子供みたいなんだから。可愛い」
マコがそう言って、毛布を掛けてくれたのは寝ていた俺には解ら無かった。
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