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第355話
待ち合わせの20分前には、おやじの店の前に着いた。
店の入口の引き戸に紙が貼ってあった。
「ん、何だ?」
[[毎度ご愛顧頂きありがとうございます。本日、貸切営業とさせて頂きます。何卒ご了承下さいますようお願い申し上げます]]
「おいミキ、俺達の為に貸切にしてくれたらしい」
「え~、申し訳ないです。伊織さんが言ったんですか?」
「イヤ、俺は言って無い。ここで話してもあれだから、中に入っておやじに聞くか?」
「はい」
ガラガラガラ……
「おう、おやじ。元気か?」
「大将、今日は無理言ってすみません。お世話になります」
「お前はいつもその台詞だな?元気も元気。ヨシ君達が贔屓にしてくれるからな。ヨシ君、気にしなくって良いんだよ。わしもヨシ君達が来てくれるのが嬉しいんだから」
「ありがとうございます」
おやじも嬉しそうに話すとミキもニコニコと嬉しそうだ。
本当に祖父と孫って感じだが、何だか2人の仲の良さに少しだけ妬いてしまう。
「おやじ、外の貼り紙何だ?」
「ああ、アレな。お前から電話あった次の日位だったかな?珍しく龍臣から電話があって、金出すから貸切にしてくれってな。常連さんしか来ないし、金なんか要らねぇ~から貸切にしてやるって話した。その方が気兼ねなく騒げるからだろう?龍臣の気遣いだと思ったからな。あいつも大人になったな。わしも料理出したら仲間に入れて貰うつもりだ」
「そうか。助かる」
「大将。お料理手伝います」
「ヨシ君は本当に良い子だな。殆ど下拵えは済んでるから大丈夫だ。ありがとう。それに主役が抜けてちゃダメだろ?」
「すみません。ご迷惑掛けちゃったみたいで。でも、大将の料理が美味しいし、ここって落ち着くんですよね。あっ、そうだ。本当に、お金って2万で良いんですか?」
おやじと目と目が合い、ミキに見えないように軽く合図すると、おやじも解ったと解らない様に軽くうなづいた。
「いつも贔屓にしてる事だし、何よりもヨシ君の快気祝いだろ。少し位サ-ビスだ。わしも後でゆっくり飲ませて貰う」
「快気祝いって大袈裟ですけど…。ありがとうございます」
「まだ、他の連中は来てないから座りなさい。お茶でも出すから」
「はい」
「悪いな」
おやじの前のカウンターに座り、お茶を飲み世間話をした。
おやじは嬉しそうに目尻を下げ手を動かしながら、ミキの話を聞いている。
ったく。おやじ、ミキにデレデレじゃねぇ~か。
おやじも虜にするミキの魅力は、凄ぇ~なと思っていた。
ミキがトイレに行ったのを見計らって、残りの金をおやじに渡す。
「今日は楽しめ。久しぶりに龍臣とも会えるな」
受け取りながら、龍臣との再会も喜んでいた。
「おやじ、今日は龍臣の恋人兼嫁さんを連れて来るぞ」
驚いた顔をし直ぐに笑顔になり
「そうか.そうか。恋人はいるのは聞いてたがな。1度も会った事が無かったから、長生きはするもんだな。あいつも年に1~2回閉店間際にフラ~と現れて、1杯だけ飲んで帰るって感じだったからな、ゆっくり話も出来んかった。そうか.そうか。嫁さんか」
おやじの話を聞いて、龍臣が気を遣って自分が来る事でおやじの店に迷惑を掛ける事を避けてたんだろうなだから閉店間際に来る事や今回も貸切にしたんだろうと解った。
俺は親父さんの代が暴力団だったとしても、今は龍臣が必死で会社形式に努力したのは知ってるから気にする事は無いとは思うが、小さい頃からの刷り込みなんだろうな、そう言うのはいつまで経っても抜けないのかも知れないと考えていたのは、噯気(おくび)にも出さずおやじと話していた。
「おやじ、嫁さんって言っても男だからな。龍臣の親父と養子縁組したんだ。龍臣は跡継ぎだから親父さんの戸籍に入るしか方法が無かったんだとよ。戸籍上は兄弟って事だが、実際は夫婦って事だ」
「何だかややっこしいが、男でも女でも龍臣が幸せならそれで良い。お前達を見ていて、今更男の嫁さんでも驚かないわい」
「流石に客商売してるだけあるな。臨機応変に対応してるな。その年で偉いよ」
「はっ、褒めてんのか貶してんのかどっちなんだか?」
「褒めてんだろうが」
くっくっくっ……
そこにミキが戻って来て「2人で楽しそうですね」仲間に入れて欲しいって顔に描いてある。
可愛い奴だ。
それからミキと3人で話しているとガラガラガラ……戸口が開く音がした。
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