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第401話
伊織さんのマンションを逃げるように出て、頭の中は何にも考えられず電車に乗って、車窓から流れる景色をただずっと眺めていたが、何も目に入ってこなかった。
部屋までの道のりの記憶が無い。
多分、いつもの道を条件反射で歩いて来たんだろう。
明かりも付けず着替えもせず、暗い部屋でボ-ッと一点を見つめていた。
何があったんだろう?何から考えれば良いか?すら解らないほど混乱していた。
残業を終え会社を出て、マンションのエレベーターの中で誰も乗って無い事を良い事に期待で頬を緩めていた。
「少し遅くなったか?今日は来てるかな?」
エレベーターを降り鍵を開けて部屋に入ると、リビングから薄明かりが漏れていた。
‘来てるな'と確信して、リビングのドアを開けた。
「伊織~♪」
俺の名を呼び大喜びで抱き着いて来た人物は、予想外の人だった。
「何で、お前が居るんだ~」
「前に連絡しておいたじゃん。日本に行けるかも知れないって。そしたら会おうって。伊織、日本に帰ってから全然連絡くれないから~僕、寂しかったよぉ~。伊織に会いたかった~♪」
そう言ってギュ-.ギュ-抱きついてくる。
そう言えばそんな事、電話で言ってたような……。
「かも知れないって話だったからな、本当に来たから驚いた。どうやって部屋に入った?」
「部屋の前で暫く待ってたんだけど…待ちくたびれて管理人さんに話したら‘聞いてますよ’って言って入れてくれた~。伊織、話してくれてたんだね?やっぱ伊織だ~」
そうだった、こいつから連絡あって一応管理人に話しておいたんだった。
ミキとのGWをどう過ごすか?それしか頭に無かったから、すっかり忘れていた。
「そうだった。いつ来るか来ないか解らんが、念の為に管理人には、連絡してたんだった。変質者に間違われたら可哀想だと思ってな」
くっくっくっ……
「もう…伊織の意地悪~。でも管理人さんに話してくれてたから許す」
「それよりいつまで抱き着いてるんだ。これじゃあ話も出来ない」
首に回していた手を離しソファに座らせると、ソファの近くにキャリーバックが1つ置かれていた。
「ちょっと待ってろ。着替えて来る。話はそれからな」
寝室に向かい着替えながら
「絶対、何かあったな。…ったく、厄介だ」
心で思っていても、やはり久し振りに会えると嬉しいのも本音だ。
「よし、話でも聞くか」
寝室を出て「波瑠斗、おい波瑠。夕飯は?何か食べたか?」
ソファでクッションを抱いてる波瑠斗に声を掛けるとハッとした顔をして
「あっ、食べて無い。伊織と食べようと思って待ってた~。お腹空いた~」
「俺の所はカップラーメン位しか無いぞ。出前でも取るか?」
「わぁ~い。出前♪ 出前♪」
出前位で喜んで可愛い奴だ。
「何、食いたい?」
「う~ん、天重♪」
「解った。天重な。電話するから待ってろ」
近くの定食屋に出前を頼み、食べながら話を聞いた方が良いだろうと肝心な事には触れず、それまでは近況報告をして過ごした。
波瑠斗が来る事をすっかり忘れていた俺はこの時、既にミキと波瑠斗が出会っていたとは知らなかった。
波瑠斗がミキに傷付ける言葉を放っていた事も。
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