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第428話
「あのまま寝ちゃったんだ」
あんなに泣いてたのに、いつのまにか寝てたらしい。
隣.部屋の中を見回しても、やはり伊織さんの姿は見当たらない。
「伊織さん!」
無駄だと解ってるけど、名前を呼んでみた。
シ-ンと静まり返ってる部屋と返ってこない返事で、やはり昨日の内に帰って行ったんだと、淡い期待は無残に撃ち破られた。
「……だよね。昨日のは現実なんだ。俺よりあの人を選んだった。いい加減、現実を思い知ら無いと……」
ベットでまだウジウジと現実逃避する気持ちと信じたい気持ちと、ごちゃ混ぜになっていた。
「取り敢えず、ここに1人では居られない」
シャワ-だけ浴びて自分の部屋に帰ろう。
今、何時か確認する為にサイドボ-ドに備えて付けの時計を見よう目を向けると、そこに折り畳まれた俺のパンツとメモと眼鏡が置いてあった。
「伊織さんから?」
メモを手に取り読むと、やはり伊織さんからの置手紙だった。
‘ 悪い、用事ができた。
朝まで一緒に居られなくって済まない。
会計はしておくからゆっくりして帰れよ。
また、連絡する。
伊織 ’
簡単な内容だった。
用事って?あの人の所でしょ?伊織さんの誤魔化してる様な内容に、また涙が溜まり字が滲んで見えた。
「泣いても…伊織さんは、帰って来ないんだ」
手で流れ落ちそうな涙を拭き、早くこの部屋を出る為にシャワ-を浴びに浴室に向かった。
ザァ-.ザァ-.……ザァ-…
シャワ-から流れ出るお湯の下で、頭から浴びて流れ出る涙を誤魔化した。
暫くそのままで居た。
髪も体も洗いシャワ-で洗い流し鏡をフッと見る。
「こんなに沢山のキスマ-クが……」
改めて見ると胸.脇腹.臍回り.二の腕の内側.そして背中にも……昨日、愛された証があった。
あっちこっちに沢山あってまた涙が溢れてくる。
「昨日は、あんなに幸せだったのに…。愛されてると思ったのに……」
自分の体を見たく無いとシャワ-を止め浴室を出る。
体と髪を拭き、またフッと思い出した。
’ほら、髪乾かさないと風邪引くぞ。俺が乾かしてやるから’
伊織さんがいつも言う台詞が頭に浮かんだ。
何をするのにも伊織さんとの事を思い出す、それくらい一緒に居たんだ、側に居てくれたんだ。
俺……伊織さんが離れていったら、どうなるんだろう?
伊織さんが居ない生活が考えられない……けど……それも考え無いと……いけないのかな?
いつもは、やってくれる伊織さんが居ない……ドライヤ-を手にし、髪を乾かしながら涙が頬を伝うのを、今度は拭う事をしなかった。
ス-ツを探すとハンガ-に吊るしてあった。
伊織さんがしてくれたと直ぐに解った。
ス-ツに着替え眼鏡をし出る準備は出来た。
部屋に帰っても何もしないで、また布団を被って過ごすと解ってるけど……ここに居ても辛い。
鞄を持ち部屋を出た。
フロントに鍵を返す時は泣き腫らした目を見られたく無いと、眼鏡と俯く事で誤魔化しホテルを後にした。
外からホテルを見上げ、昨日1日で天国から地獄に突き落とされた気分だった。
何を信じれば良いか?不安ばかりが大きくなった。
そんな気持ちのまま俯き加減で駅に向かった。
その日は1日どこにも行かず何もせず布団の中で丸くなっていた。
昼過ぎに伊織さんからの電話があって「朝、一緒に居られなくって悪かった」と何度も誤られ「少しゴタゴタしてて」と用事の訳をはっきり話さない伊織さん。
聞くのが恐くって問い質さない自分にも情けなくって涙が出そうになり、曖昧に返事をして「もう少し寝たいから」と適当に言って涙声に成らない内に短く電話を切った。
夜に拓海君から電話があって、色々あったからすっかり忘れていた日曜日の‘偽デ-ト’の話しをされ、こんな気持ちだと行けないし楽しく過ごせないかもと、拓海君に悪いと思って断ろうとした。
拓海君は何か感じたのか「今日、出掛けて無いなら、明日気晴らしに外に出るのも気分転換になるよ」とか「俺、美樹さんが頼りなんですから」と言われた。
こんな俺でも頼ってくれるし、出掛けなければ明日もどうせ布団の中で無駄な時間を過ごすだけだ、それなら拓海君の為に時間を使おうと考え直した。
「解った、じゃあ明日ね。うん、楽しみにしてる。いつもありがとう拓海君」
「俺こそお礼言わないといけないのに。明日は楽しみましょう。じゃあ」
その場で明日の待ち合わせの場所と時間を決めて電話を切った。
明日は、もう少しマシな自分で拓海君に会おう。
拓海君と会う事で、事態は悪い方へ.悪い方へ転がっていった。
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