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第442話
車を暫く走らせていたけど、俺は話す事が出来ず車の中は沈黙だった。
「ん、どうした?疲れたか?」
俺を気遣う伊織さんに申し訳無く、頭を振って意思表示するのが精一杯だった。
「悪かったな、急に波瑠達に会わせたりして。それに波瑠が来てから、ミキに寂しい想いをさせた」
「……どうして?直ぐに、波瑠斗さんに会わせてくれなかったんですか?責めて、波瑠斗さんが弟だと話してくれても…」
自分の罪を棚に上げて、伊織さんを責める様に話してしまった。
「……波瑠の事だが……波瑠が母親の浮気相手の子だと言う事は話したよな?」
「はい」
「母親が父親の当てつけの様に浮気して、その何人目かに出来た子なんだが……相手の事は好きでも何でも無い望まない妊娠だったんだ。そんなんだから、生まれてきても波瑠には見向きもせずベビ-シッタ-任せにしてた。……母親だけじゃ無い俺もそうだった。父親は殆ど愛人宅だし。生まれた時から、ずっと1人だったんだ」
波瑠斗さんの出生の話を悲しい気持ちで黙って聞いていた。
「俺もその時は親の事で冷めてたし、家の中で絵本読んでたりおもちゃで遊んでる波瑠を見掛けても ‘あ~居るんだ’ ぐらいにしか思って無かったし、小さい時は ‘遊んで’ と言われても、年も違うしはっきり言ってウザかったから ‘忙しい’ ‘後でな’ と適当に返事して相手にしなかった。俺にとってその当時の波瑠は、はっきり言って弟って言う認識より、どうでもいい存在だった」
年も離れて、お母さんの浮気で出来た波瑠斗さんを小学生の伊織さんには、どう接して良いか解らなかったんだ。
小学生には荷が重すぎる事だから、伊織さんは悪く無いと思った。
「そんな感じで、家族であって家族じゃ無い中で波瑠は育って、その内に自然と気配を消す様にひっそりといつも居た。俺が中学生の時か?波瑠斗が幼稚園か小学校入ったばかりか?忘れたが……いつも部屋の隅で遊んでいた波瑠が体を丸くして蹲(うずくま)って居たんだ。その時は何となく声を掛けたら、凄い熱で顔も赤く息も荒かった。直ぐに病院に連れて行ったら ‘風邪を拗らせて肺炎を発症してます。どうしてこんなになるまで放って置いたんですか?こんな小さい子を’ 医者にこっ酷く叱られた。俺はその時、波瑠の存在を無視してた自分に腹が立った。波瑠には罪が無いのに…と」
波瑠斗さんの幼少期の辛さを思い出してるのかもしれない、伊織さんの運転している横顔が辛そうな顔をしていた。
「暫く入院してた波瑠に今更だが、成る可く見舞いに行く様にし波瑠の側に居た。初めは、会話なんか殆ど無いし波瑠も怯えていたが、少しずつ俺に懐いてくる様になって、俺も段々と気持ちの上で波瑠を家族の一員.弟と思える様になった。そんな波瑠が、いつも不安な時に ‘伊織は僕の事好き?伊織だけは僕を見捨て無い?’ と、口癖の様に話す波瑠が不憫で、俺は波瑠が安心出来る様に、いつも ‘ああ、好きだ。見捨てたりしない’ と応えていた。だから何か不安な時や情緒が不安定な時は、その言葉が必ず出てくる。そんな時の波瑠は危険なんだ」
何が危険なんだろう?
「波瑠が育っていく内に、どんどん俺に執着してくる様になってきた。俺も高校生になれば、色々付き合いも出てくるし、波瑠にべったりと言う訳にもいかないそうなると不安なのか…その……俺が当時付き合っていた相手を何人か家に連れて来た時に、俺の知らない所で酷い事を言ったり.嫌がらせするんだ。たぶん俺を盗られたく無かったんだと思うが……それを知ってからは、家には呼ぶ事はしなかった。……俺が出掛けたりデ-トする時に、わざと我儘言ったり熱を出したりと……その度に、口癖の様に確認してくるんだ。だから、今回も情緒不安定な波瑠にはミキの事は言わなかったし、ミキにも波瑠が落ち着いたらと思っていた。それがミキを守る事だと思ってな」
そうか…俺を守る為に…か。
俺と波瑠斗さんは、伊織さんが知らない内に会っちゃったんだ、そこから拗れていったんだ。
「波瑠の執着は凄くてな。俺はこのままじゃ波瑠の為にならないと、少しずつ距離を起き始めた、大学の時はバイトしたり.遊んだり、社会人になってからは仕事が忙しくなり、波瑠との距離は必然的に広がっていったが、それが普通の兄弟だろうと思っていた。そんな時、1度だけ……波瑠がどうしても俺の事を自分に引き止めて置きたかったんだろうが………俺の前で裸になり ‘こうすれば、伊織は離れていかないんでしょ?’ と言ってきた。俺はここまで波瑠の気持ちを不安にさせていたんだと気が付いたと同時に、こんな事までさせてしまったと兄として情け無かった。波瑠の体に服を掛けて ‘波瑠、お前は血の繋がりのある弟だ。赤の他人ならそう言う行為をしても離れて仕舞えばお終いだが波瑠はそんな事しなくっても、俺には可愛い弟だ。俺は付き合っていたても、誰も好きにはなれない、好意を抱く事はあっても、好きだと思う事は別だ。たぶん俺は一生人を愛する事が出来ない欠陥人間なんだ。だが、波瑠は家族として好きだ。だから、こんな真似はして欲しく無い。波瑠が不安な時や寂しい時には、側に居てやる、家族としてな’ と言って、波瑠の不安な気持ちを少しでも軽くしてやりたかった。それからは、波瑠も落ち着いてきて、高校生活していく上で人間関係も広がっていったし、俺もアメリカ転勤が決まって ‘少し物理的に距離が遠い方が、お互いの為になる’ とホッとしたが、波瑠は俺と離れる事が不安だったらしく、同じアメリカの大学に進んだ。距離的には遠いが、何かあれば直ぐに連絡がきていた。だが、アメリカ行きは波瑠には結果的に良かった。アンディと出会ったからな。アンディは波瑠の不安定な部分も我儘な所も全て理解してるし大人だ。アンディなら任せられると思った。俺の執着が減りアンディに執着してるがアンディはそれが嬉しいらしい。今回は、そのアンディの事で不安になったから、俺への執着を少しずつ見せる様になってきていたのも事実で、そうなるんじゃ無いか?と杞憂してたが……だから、ミキにあの状態の波瑠を会わせる事は危険だと思った。波瑠がミキに危害を与えると思ってな」
伊織さんの話を黙って聞いていた俺の頬に涙が流れた
あの気の強そうな波瑠斗さんの悲しい生い立ちや伊織さんの優しさに、自然と涙が出た。
そして……そんな優しい伊織さんを信じ切れず自分が犯した罪の重さにも。
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