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第490話

「すみません、お先に失礼します」 「おう。今日、池谷さんとの食事会か~。勉強がてら楽しんで来いよ」 「はい。じゃあ、すみません」 「おう。お疲れ様」 ミキと田口の遣り取りを傍らで聞き、俺も声を掛けた 「お疲れ」 頭をペコっと下げて、待ち合わせの時間より早めに退社し、池谷さんとの食事に出掛けたミキを黙って見送った。 表面的にはいつもと変わらない様に努め、心の中は心中穏やかじゃない。 本当は池谷だろうが他の奴だろうが、2人っきりなんかさせたく無い。 その後の俺は時間が経つにつれ気になり、仕事も捗らなかった。 「こんな調子じゃあ仕事しても仕方ねぇ~な」 誰にも聞こえない様に独り言を呟くと、直ぐに机の上を片付けパソコンの電源を切った。 既に、誰も居ない課を見回した。 「さて、俺も帰るか」 マンションでミキを待つ事にした。 部屋に帰って、1人でコンビニ弁当を食べてながらミキの事を考えた。 今頃、豪華な料理を堪能してるんだろうな。 池谷の前で、いつもの様に「美味しそう~」「うわぁ~、綺麗で食べるの勿体な~い」とか言って笑い掛けてるのかも知れない。 唯一の救いは、会社用の姿で行った事だな。 プライベートのミキの姿で、そんな可愛い~姿と笑い掛けられたら誰でも落ちてしまう。 そんな事を妄想してると、いつも1人で食べてる弁当が今日はヤケに味気なく感じた。 余計な事を考え無い様にと、早々にシャワー浴びて気を紛らわす。 やる事をやると、後は仕事の続きをするか.テレビか新聞でも読んで時間を潰すか.思案するが、仕事も捗らない気がするし何をやってもミキの帰りを今か.今かと待ち望んでいる気がした。 どうせ何をやっても気が散ると、テレビを点けた。 頭に入ってこないテレビ画面をただ見つめていた。 何度も何度も時計を見て、時間の経つ遅さにイライラしてくる。 池谷と一緒に居るだけだ。 仕事絡みだ。 何度も言い聞かせ、自分の嫉妬深さにゲンナリするが今はそんな俺の姿を見る者は誰も居ない。 そろそろ帰って来ても良い時間だ。 まさか、次に誘われて行って無いよな? ジッと座ってられなくなり、リビングをウロウロしたり用も無いのにキッチンに行って冷蔵庫の中を見たりと、自分でも何かして無いとイラ立ち始めてるのが解った。 そんな時に、玄関からピンポン…ピンポン…とチャイムが鳴りミキだと思い玄関に急いで行く。 玄関の前で一呼吸し、何でも無い顔を取り繕い玄関ドアを開けた。 「おっ、思ったより早かったな」 思ってもいない事を口にし、大人の対応を見せた。 「はぁはぁ…そうですか?も、伊織さんに早く会いたかったから、駅から走って来ました」 ミキの息が少し荒いのは、その所為か。 俺に早く会いたいと思ってくれたミキを思わず嬉し過ぎて抱きしめた。 ミキの細い体を抱きしめ匂いを嗅ぎ耳元で囁く。 「俺も会いたかった」 俺の力が入り過ぎて、ミキが仰け反り背中を叩く。 「解った.解ったから。伊織さん、1度離して~。苦しい~」 「ああ、悪かった。それに玄関先だったな。リビングに行こう」 大人の対応なんて、ミキを目の前にしたら無残にも崩れた。 全然、余裕の無い自分に苦笑した。 それ程、ミキの事が心配だったのと愛しさの表れだ。

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