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第505話
ガチャッ。
「ただいま~」
俺の声を聞いて、リビングから小走りでやって来るミキが見えた。
「お帰りなさい」
‘ただいま’ ‘お帰りなさい’ あ~、良いなぁ~。
心から落ち着くのと癒されるなぁ~。
リビングに入ると、ミキは聞きたくって仕方無いって顔をして口を開いた。
「伊織さん、どうでした?何か、池谷さんから言われました?誘惑されたりしてませんよね?」
「ちょっと待て。今、着替えて来るから。後、冷やし中華頼む。楽しみにしてたんだ」
寝室で着替えながら考えていた。
別段、話す事も無いが…何も話さないのもなぁ~と、当たり障り無い話をする事に決めた。
「腹、減った~。何も食べないで飲んでたからな。凄げぇ~旨そう。いただきま~す」
ダイニングテーブルで座って食べ始めると、ミキも対面式で座り、俺の食べる姿を笑顔で見ていた。
「うまぁ~。さっぱりと食べられるし、具沢山だな」
麺の上には卵.胡瓜.肉.カニかま.レタスが乗っていて、見た目も良く味も酸味が丁度良かった。
「喜んでくれて良かった~。ごめんなさい、俺、先に食べちゃいました」
「構わない。思ったより話しが弾んで、予定より遅くなったからな」
「それで?何の話しだったんですか?」
「ああ、俺も気負って待ち合わせのバ-に行ったが、大した話しはしてない。始めは、プロジェクトの話.田口や佐藤それにミキの事を褒め.後は……料理はやらないのか?聞かれ、教室に入らないか?と誘われた」
「えっ、誘われたって?料理教室?」
肩の力が抜け、ホッとした顔をしていた。
「あ~、旨いな。それで、余りにしつこく誘うからどうしてか?聞いたら、俺が教室に通えば生徒さんが増えると考えたらしい。商売上手だ」
「教室ですか。あ~、何か考えてたのと違うから気が抜けちゃいました。これでも伊織さん、誘惑されるんじゃ無いかって、心配してたんですから。それで何て返事したんですか?」
心配して待っててくれた事が、何だか嬉しかった。
「ん…俺の恋人が料理上手だから、必要無いって言ってやった。こんなに旨い冷やし中華作れるんだからな」
「料理教室に入って欲しかったから、伊織さんに興味持ったんですかね?でも、池谷さんの料理教室いっぱいで待ってる人がいる程なのに~」
「そこは、俺には解らんが、しつこく料理教室の事は誘われた」
今一腑に落ちなかったかも知れないが、ミキは俺の言葉を素直に聞いた。
「でも、良かったです。伊織さん狙いじゃ無かったのが解って」
それを言うなら、ある意味ミキ狙いだったのかも知れない。
池谷との会話の中で、ミキと俺の事.‘R’moneの事.は話さなかった。
別にミキが知らなくっても良い事だと判断したからだ
‘金曜日の女神’ 何て、陰で言われてると知ったら恥ずしい思いをするだろうし、聞いてもミキには関係無い事だ。
逆に、そんなにファンと言うか信者がいる事を教えたくない。
余計な雑音は聞かせたく無い。
俺は今のまま素直で優しく天然なミキが好きだから。
「ま、そう言う事だ。最後だと思って、教室の事を話そうと思ったらしい。仕事でもなかなか会う事は無いだろうし、出版社で偶然に会うぐらいかも知れないからな。最後にはプロジェクトのお礼も兼ねて、握手して分かれた」
「ふう~、俺の方が勘繰っちゃって~。池谷さんの事を警戒してしまった自分が恥ずかしいです」
「それ位、俺の事を好きなんだろう?俺には嬉しい事だ」
「はい、大好きです! それは誰にも負けません!」
テ-ブルの向こうに居るミキの頭に手を伸ばし、ポンポンしてやると嬉しそうに笑った。
俺の好きな笑顔だ。
皆んなの ’金曜日の女神‘が、今では俺1人の ‘L ady Luck (幸運の女神)’だ!
心の中で叫んだ。
「旨かった。食べないで、飲んでたからな」
「そんなに飲んで無いように、見えますけど?」
「ん、3~4杯かな?池谷さんもそんな感じだったと思う。帰りもしっかりしてたし、強い方なんだろうな」
「池谷さんが?全然強そうには見えませんけど、意外ですね。あっ、そうか。打ち上げとか多そうですもんね」
「かもな」
コ-ヒ-を入れ、俺の食べた食器を片付け、キッチンに向かうミキの後ろ姿に声を掛けた。
「ミキ、風呂は?」
「沸かしてますよ」
「いや、そうじゃ無く風呂入ったか?」
洗い物をしながら
「まだです」
「じゃあ、それ終わったら一緒に入るか?」
「はい」
俺だけが食べた食器は直ぐに洗い終わり、ミキが俺の側に寄って来た。
「伊織さん、無事に帰って来てくれて嬉しいです」
甘えるように背後から首に手を回し、頬をくっ付け耳元で囁かれた。
可愛い~。
こんな事されたら、欲情しないはずが無い。
天然のミキはただ純粋に心配だったから、話を聞いてホッとしてやってるんだろうが、やられてるこっちは堪らん。
首に回した腕を摩り、それから徐ろに手を取り有無を言わさず浴室に向かった。
可愛い~事をするミキが悪い。
激しい夜になる事は間違い無い。
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