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第620話

カンカンカン……薄暗い地下への階段を2人で話しながら下りて行き重厚なドアを開ける。 店内にはBGMのJazzの音楽が流れ品の良い華やかな雰囲気で、さっきまで外に居た時とは別世界のようだ。 「わぁ~~♪変わってな~い♪」 俺の背後からひょこっと顔を出し、久し振りに来た祐一の店の感想を漏らした。 「そうそう店は変わらないって。オ-ナ-が変わら無い限りな。カウンターに行こう」 「はい♪ 」 ドアを閉めカウンターに歩き出すと、祐一はカウンター内から一瞬だけ驚いた顔を見せたが、直ぐに仕事用の顔に戻った。 カウンター席のスツ-ルに座ると、店内の何人かはミキに気付きザワザワ…とした気がした。 まだ時間も早い所為か、店内はそれ程混んでないが…俺達をチラチラ…見てるのを確認した。 こうなる事は解ってた。 俺は店内を見回し牽制した。 「ここに来るの久し振りだな。営業中に来るのは1年振り位か?どう言う風の吹き回しだ?」 「ああ、近くで展示会があってな。少し飲んで行くかって事になってな。ミキがそれなら祐一の所に久し振りに行きたいって言うから」 「だってぇ~、なかなか祐さんのお店に来れないから~。今日は伊織さんと一緒だし展示会場も近くだったし」 「そうか。デ-トのついでか。ま、それでも来てくれて嬉しいが。で、何、飲む?軽く何か食べるか?」 「食事はして来たからいい。俺はいつものやつで、ミキは?」 「俺は……カシスオレンジかファジーネーブルも良いなぁ~。ん~やっぱミモザにします」 「解った。待ってろ」 俺達の所を離れ酒を作りに行った。 店内を見回し少しソワソワ…してるのが解った。 「どうした?」 「なんか~久し振りで…ちょっと、落ち着かないです」 「まあな。雰囲気が別世界だもんな。他の男に目移りするなよ」 俺が牽制の意味で、わざとミキの顔に近づけて話す。 「んもう、そんな事あるわけないですよ~~。伊織さんが居るのに~。伊織さんこそ、気を付けて下さいね。直ぐに、声掛けられるんだから~~」 「俺はミキしか目に入んないから大丈夫だ」 「……俺も」 顔を近づけて話しイチャイチャしてる所に、祐一がカウンターに酒を出してきた。 「ほら。イチャイチャ…してんじゃねぇ~よ。ミキのファンが泣くぞ。解っててやってんだからタチが悪い」 「知るか!」 置かれたウイスキーを持ちミキと軽くグラスを合わせ一口飲むと、深い味わいの何とも言えない風味が咥内に広がる。 「旨い! 酒は祐一の所が1番だな!」 「本当に。祐さんの所のお酒が1番美味しいです。料理は大将の所が1番ですね」 「そうだな。この酒を飲みたくって、ここに来たくなる」 「嬉しい褒め言葉だな。酒を褒められるのが、一番バ-テン冥利に尽きる」 バイトの店員も居て、まだそれ程忙しくない店内って言う事もあり、祐一は少しの間俺達とカウンター越しに話してた。 時間が経ってくると、客の入りも増えてきた。 「結構、繁盛してるじゃね~かよ」 「まあな。今日は土曜日だし、時間も8時過ぎたしなピークは9時過ぎからだ」 1人また1人と段々と増えていく客に店内の7割方は埋まってきてた。 1人で酒を楽しむ者.出会いを求めて来る者や店の雰囲気と客層の良さと過ごしやすさで来る者は多い。 これから時間を追うごとに、大人の駆引きが始まるんだろう。 それも楽しみの1つだった。 後腐れ無い1夜の相手を求め、その夜を楽しむだけの関係……それが1番楽だと思った時期もあったが、やはりどこか虚しいとも感じてた。 今は心から愛する人ができ、ミキに俺の全ての愛を注げる毎日が嬉しくもあり楽しい。 ここに来るとしみじみそう思う。 「祐さんの努力の賜物ですね」 「ありがとな」 ミキに褒められて、祐一の口元が少しだけ動き喜んでるのが解った。 祐一が苦労してたのも、この店を大切に思ってる事も知ってる俺も嬉しかった。 「おい、祐一なんか褒めるなよ。調子に乗るからな」 「んもう、直ぐにそう言う事を言って~~。伊織さんは素直じゃないんだから。ごめんなさい、祐さん」 「こいつが素直じゃないのも性格悪いのも、長い付き合いで知ってるから大丈夫だ」 「てめぇ~に言われたくない!」 本気じゃない軽口を言い場を楽しんでると、またドアが開いた。 「いらっ……」 祐一の言葉が止まりドア付近を見て居たのが気になり俺もドア付近に顔を向けた。 1人の男がキョロキョロ……店内を見回し、それからカウンターに歩いて来た。 男は背も高く優しそうな雰囲気で顔立ちも良くス-ツをビシっと決め似合っていた。 できる男って感じだな。 「伊織さん、何を見てるの?」 俺に釣られ同じ方向を見たミキの息が一瞬止まった。 その男もカウンターに近付き、ミキを見つけ驚きそして微笑んだ。 な、なんだ? 知り合いか? そう思い祐一を見ると、渋い顔をして居た。 直ぐに、俺達のカウンター席に来た男は俺を見向きもせずミキに声を掛けた。 「久し振り! 美樹」 「……お久し振りです……瀬戸さん」 やはりミキの知り合いか? どんな関係だ? さっきまで楽しく飲んでた気持ちが、一抹の不安が過った。

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