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第621話

俺の存在も目にしない男に、俺はわざとミキに声を掛けた。 「ミキ、お代わりは?」 「あっ…はい。同じものを…」 俺とミキのお代わりを何も言わずに、祐一にグラスを渡した。 祐一も直ぐにグラスを片手に立ち去ろうとすると、男が祐一に声を掛けた。 「マスター、私にもウイスキーの水割りお願いします」 「はい。畏まりました」 営業用の顔と言葉で、その場を立ち去った。 男は初めてそこでミキの隣に居る俺を目に止めた。 「「「…………」」」 嫌な沈黙が3人の間に流れた。 男はカウンターのスツ-ルにも座らず、ミキの近くで立って居た。 それは注文した酒を待ってるようでもあった。 5分もしないうちに、祐一が3人の酒を目の前のカウンターに置いた。 俺は直ぐに手に取り一口飲む。 男もカウンターから酒を手に取り一口飲み、それから一呼吸しミキに話し掛けた。 「本当に、久し振りだな」 「はい……お元気でしたか?」 「ああ」 俺をチラッと見て 「美樹、少しだけ2人で話さないか?久し振りに会えたんだ。良いだろ?」 ミキは少し考え 「伊織さん、すみません。少しだけお話してきますね」 そう話すと、男は嬉しそうな顔を見せ俺に頭を軽く下げ、ミキの酒を持ち連れ去ってしまった。 まさか、ミキが俺を置いて行くとは思わず止めるのが遅れた。 事情を聞こうと、カウンター内に居た祐一を呼んだ。 「祐一!」 呼ばれた祐一は渋々と俺の目の前にやって来た。 「おい! どう言う事だ! あいつ、誰か知ってるんだろ?教えろ!」 「お前なぁ。ここに来るって事は、ミキの知り合いに会う可能性があるとは思って来たんだろう?ミキのファンは未だに居るしな」 俺の質問の答えには、なって無い! こいつ~誤魔化してんじゃね~よ! 「ファンが居るのも知ってるし誘われる可能性もある事も解ってるが、俺が側に居れば大丈夫だと思って来た。ミキが祐一の店に来たいって言うからな。そんな事よりあいつは誰だよ! ファンやただの知り合いって言う事は無いよな?馴れ馴れしく ‘美樹’って呼び捨てにしてた! 知ってる事を言えよ!」 仕方ねぇ~なって顔で渋々口を開いた。 「お前も薄々は感じてるんだろ?あの男はミキが以前に付き合ってた男だ。2年位前かなぁ~?いずれにせよお前と出会う前だ」 やはり……そんな気はしてた。 男との関係が解れば、俺も冷静に話す事ができた。 「で?2年以上前の奴が、何で今更?何で、ミキと別れたんだ?」 「ミキと別れたのは、奴の大阪への転勤がキッカケだ確か……大手の証券会社に勤めてたはず。‘何で今更’って言われても俺は知らねぇ~よ。2週間位前に、ここにフラッと現れてミキの事を聞いてきたが、1年位は来てないって答えた」 そんな大事な事を何で言わねぇ~んだよ! 祐一にもムカつく! 「それなら、俺に言えよ!」 「先週は来なかったから、諦めたと思ったんだ。お前には悪いが、ミキと別れても暫くすると寄りを戻そうと思う奴は多いんだよ。ミキはあの通り綺麗でそんじょそこらの女より美人だしな。付き合う相手には尽くすし、女には解んねぇ~男心も察して癒すからな。なんやかんや言って別れた後で後悔して、ミキに戻りたいと思うんだよ。殆どが、ミキを嫌いで別れた奴は居ないからな。そんなの一々お前に報告してたらキリがねぇ~」 好きだけど、世間体やミキに溺れるのが怖かったんだろ~な。 それ位、ミキは魅力的でミキを知れば知る程忘れられなくなり離れられなくなるのは、俺も身を持って解ってる。 「まさか! 寄りを戻そうと……」 一抹の不安が広がった。 「それは無い! 相手はどうだか解らんが、前にも言っただろ?ミキはどんな事情があっても、1度別れた相手とは寄りを戻さないって。ミキは……待つ事も待たせる事もしたくないって。1度別れた人とは上手くいくわけが無いって信頼できないって。だから安心しろ!」 祐一のミキが言った ‘待つ事も待たせる事もしたくない‘ って言葉が妙に引っかかったが、今はそれどころじゃない! 「その言葉、信じて良いんだな!」 「お前ねぇ~、俺の言葉を信じるよりミキを信じてやれよ。それとも自信が無いのか?お前の愛情はそんなもんか?」 癪に触る奴だ! 「信じてるに決まってる! 自信もある!」 「なら、グダグダ言うなよ」 「………」 もう用は無いだろって感じで、仕事に戻って行った。 ミキを信じて無いわけじゃない……ただ、優しいミキだから人との繋がりを大切にする。 それが別れた相手であっても無下にはしないと言う事だろう。 ミキの中では別れたら寄りは戻さないが、友人や知り合いと言う位置ずけなんだろうな。 俺には、その感覚は無い。 その点では、ミキとは価値観が違うんだろう。 見たくないが、どうしても気になりテ-ブル席に移った2人を盗み見る。 俺からはミキの後ろ姿と、男の顔がミキ越しにチラチラ…見えた。 楽しそうに話してる2人に嫉妬してしまう。 目が離せない! ミキの頬に手を当て嬉しそうな顔をする男。 何、頬を触ってんだ~! ミキも触らせるなよ~! 顔が近いんだっつ-の! また楽しそうに話し、その内ミキの手を握ったのが解った。 何、手を握ってんだ~! ヤキモキしミキ達から目が離せず、そっちに全神経が集中し周りの事までは神経が回ってなかった。 トントンッと肩を叩かれ「oxox…oxox……」何か言われたが、騒然とした店内でミキ達に集中してた俺の耳に入らなかったが、何度めかに「煩え~な。勝手にしろ!」見向きもせず、そう言ってたらしい。 俺は記憶になかった。 ただミキ達をずっと見てたから。 隣に人が座った気配がしたが……それすら無視してた ミキが俯き何か言ってるようだ。 そして男はミキの頭を撫で微笑んで話してる。 何を話してんだ? 気になる! 「おい! oxox…oxoxox…おい! 伊織!」 祐一の呼ぶ声も暫く耳に入らなかったが、近くで大きな声で名前を呼ばれやっと耳に入ってきた。 「何だよ! 今は、お前と話してる暇ねぇ~んだ」 顔も向けずに答え、気になってミキ達から目が離せない! 「そうか?俺は知らないからな!」 そう言って去って行った祐一の言葉も、既に耳に入ってこない。 20分位かそこらで2人は席を立ち、男はミキの頭を撫で笑ってそれから手を振り、ミキから離れ会計をしドアに向かった。 帰ったのか?  ミキはその後ろ姿を見送り、やっと俺の方に歩いて来た。 やっと戻って来たか。 安堵の気持ちが大きく、ヤキモキしてた気持ちもなくなった。 近づくミキの顔が段々と無表情になり、冷たい雰囲気を纏ってた。 ん、どうした? 何かあったのか? その時初めて、俺の腕に重さを感じた。 腕を見ると、いつの間にか誰かが隣に座り俺の腕に手を回してた! 誰だ、こいつ~! いつの間に! 手を離そうとあたふたしてると、ミキが俺達のカウンターまで来てた。 手を離そうとする俺を表情の無い顔で一瞥した。 ヤバいッ! ミキ達に集中し過ぎて、こんな事になってたとは……。

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