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第622話

手を離そうとあたふたしながらも、顔だけはミキの方を向き、何とか誤解を解こうとした。 「ミキ! これは違うんだ!」 隣の奴も離れないと強く縋り付く。 無表情の顔はかなり怒ってる証拠だ! 拗ねたり怒っても口を効かない位ならまだ何とかなるが、無表情で静かに怒ってる時は取り付く島もないのは、付き合いの中で学んだ事だ。 相当、怒ってるよな? 「ミキ、これは」 俺が何とか誤解を解こうと話すのを遮り、隣からミキに向かって話し出した。 「ねえ、さっきの彼氏はどうしたの?今更戻ってきても困るよ~。てっきり2人、恋人なのか?と思ってたら彼から離れて違う男と一緒に行ったじゃん。それならチャンスと思って声掛けたらOKしてくれて、楽しく話してたのに~」 何、勝手な事言ってんだよ! 俺達、楽しく話してねぇ~だろ~が! 無意識に適当に相槌打ってたのか?いや、こいつの作り話しだ! 「意気投合して盛り上がってるから、この後も一緒に居るつもりだからね!」 ミキは表情を変えずに無表情なまま聞いてた。 その無表情が怒りの度合いを表し……怖い! 俺はそんな事言った覚えも無いし、約束なんてしてない!と焦った。 「なっ!」 またもや俺が話そうとするのを、今度はミキが遮った 「そうですか?良かったですね、課長! 可愛い~方が見つかって! それじゃあ邪魔して悪いですから、私はあちらに居ます。どうぞ、楽しんで下さい!」 「ミキ‼︎」 俺の呼ぶ声も聞かずにスタスタ…と、俺達とは対角線上のカウンター席に座り、祐一を呼び酒を注文してた 俺は相当怒ってるミキにこの状況を何と言おうか?と頭を悩ましてた。 ミキにカクテルを出した祐一が俺の方に来て、隣の奴をチラッと見てから、俺だけに聞こえるように小声で囁く。 「俺もミキに誤解だって言ったんだが…… ‘俺の事は気にしないで楽しんで下さいって、伝えて下さい’ だと。あれは相当怒ってるぞ。だから、俺が注意したのに、ミキに気を取られて聞きやしなかったのは、お前だからな」 そう言って店が混み始め仕事に戻った。 俺は頭を抱えた。 何で、こうなるんだ? はあ~俺が悪いのか? いや、ミキが元彼と話に行ったのがそもそもの始まりだろ。 それなら俺の方がそれに対して怒っても良いんじゃねぇ~のか? ミキが相当怒って距離を置く時に、プライベートでは言わない ’課長’ と呼び名も変えてた。 なぜ、俺がミキに他人行儀にされなきゃなんねぇ~んだ? 頭がこんがらがってくる。 冷静になろう、冷静に。 俺が考え事をしてる間も隣の奴は空気を読まずに、俺に親しげに話し掛けてくる。 「いい加減、離れろ!」 「やだぁ~。別に、腕組む位良いじゃん」 そう言ってグイグイ…体を寄せてくる。 こいつ~‼︎ 俺も引き剥がそうと必死になる。 反対側のカウンター席からは、薄暗い店内でも伊織さん達が良く見えた。 そんなに体を近づけて~! まだ腕組んでる! なぜ、伊織さんは解こうとしないの? 何だかその光景がイチャイチャ…してるように見えた 俺が瀬戸さんと話したのが気に入らない? それならそうと言ってくれれば良いのに…。 それで俺に当て付けるようにしてるの? 凄~く悲しい! 始め見た時には怒っても居たけど……いつまでも離れない2人を見て、今は悲しみの方が強かった。 カクテルをグビッと飲み溜息が出た。 「……はぁ~」 華やかで騒然とした店の中で、俺は1人で寂しいと感じた。 瀬戸さんと会うまでは、あんなに楽しかったのに…寂しい、そして悲しい。 対極に居る伊織さん達を見ないようにしても、どうしても気になって目の端で見てしまう。 まだ、離れないで……居る。 目を逸らし、他のカウンター席の人を見た。 パソコンを開いてる人.1人で来て美味しいお酒を楽しんでる人.待ち合わせしてる人、それから店内をぐるっと見渡し、テ-ブル席では仲間なのか?友達同士で来てる人.カップルでイチャイチャしてる人.もちろん出会いを求めて来てる人も居るだろう。 俺以外の他の人が楽しそうに思えた。 また、目の前のカクテルをジッと見た。 「帰ろっかな?」 1人でここに居ても……辛いな。 伊織さんはいつまで待っても俺の所に来てくれないし……浮気はしないとは思ってる……当て付けてるだけだと……思いたい。 「はぁ~」 また、溜息が出た。 俺の隣に人影が……伊織さん⁈ 顔を上げて見ると、知らない男の人が立って居た。 「?」 「溜息を吐くと幸せが逃げるよ。1人なら、少し私と話し相手になってくれないかな?隣、いい?」 断ろうかと迷いチラッと伊織さんを見ると、まだイチャイチャ…してた。 迷惑そうな顔をしながらも腕を組むのを許して…体を寄せ……頭を肩に凭れ…どう見てもイチャついてるとしか見えない! 悲しみと怒りで……寂しい。 「帰ろうかなって思ってたけど……少しだけなら」 俺の頭の中で伊織さんがそうなら……俺も腹いせに当て付けよう…と、そんな醜い考えが浮かんだ。 それに相手の人は紳士的で悪い人には見えなかったから……。 優しい笑みを浮かべたその人が隣に座り話し掛けてきた。 「嬉しいよ。皆んな君を狙ってたからね。でも、牽制しあって声を掛けられないようだったから、一足先に勇気出して声を掛けて良かった。今日は幸運だったな君みたいに綺麗な人と話せて」 お世辞がうまく話し上手な人だと思った。 「上手いですね。慣れてます?」 「いや、慣れてなんかないよ。今、必死で君を口説こうと思ってる所だよ。必死さは出てない?」 少し戯けて話すその人は俺を楽しませようとしてるのが解る。 優しい人だな。 さっきまでの寂しい気持ちに少し温かみを感じた。 クスクスクス…… 「必死さ?ん~……出てるかも」 「マジで?ヤバい、年甲斐もなく…恥ずかしいな」 頭を掻き照れてる姿はどう見ても年上なのに、可愛いらしいと思った。 少しだけ、この人に癒されたな。 そう思ってた所にカウンター内に居た祐さんが俺の前に来て渋い顔を見せ「ミキ!」と呼ばれ、祐さんを見ると顎で ‘あっち見ろ!’ と言う仕草をした。 それは伊織さんの方を見ろ!って事だった。 俺はイチャつく2人は見たく無かったけど……祐さんに言われたら、見ないわけにはいかない。 顔を向け伊織さんの方を見ると、凄い形相で俺達を睨んでた。 凄く怒ってる……よね。 こんな顔で俺を見る伊織さんは初めてだった。 ヤバい……かな? でも、伊織さんだって……隣には変わらずさっきの人が居て、凄い形相で睨んでる伊織さんに気付かないのか?嬉しそうに話し掛けてた。 伊織さんは無視して、ずっと俺達を睨んでる。 「そろそろヤバいぞ! 解るよな!」と、遠回しに営業用に静かに話す祐さんは ‘いい加減に下らない事は止めろ’ とそう顔に出てた。

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