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第624話

「ん……朝?」 ドアに凭れたまま寝てたから……体が……それより寝た気がしない。 「ふぁ~……あっ、そうだ! 伊織さん!」 凭れたドアから体を離し立ち上がりドアを開ける。 ゴンッ! ガッ! 「ん……何?」 少しだけ開いた隙間から覗くと、伊織さんが毛布に包まって横たわってた。 「いっ……痛ぇ~!」 「ごめんなさい! 大丈夫ですか?」 隙間から、痛そうに背中を摩ってる伊織さんに声を掛けた。 俺の声に反応して振り返り「ミキ」と呼び、少しだけドアから離れて、客間から出易くしてくれた。 俺は部屋から出て、伊織さんの背中を摩った。 「ごめんなさい。まさか、こんな所に居るとは思わなかったから……昨日から、ここに?」 「ああ、ミキの側を離れたくなかったからな」 そんなに俺の事を想って……ごめん。 心の中で謝った。 「ありがとう。大丈夫?ソファに行ける?」 「ああ」 手を貸し、伊織さんとリビングのソファに行き、俺はキッチンでコ-ヒ-を入れ伊織さんの元に持って行った。 「はい。熱いですから、気を付けて」 「ありがと」 伊織さんの隣に腰を下ろし座り、熱いコ-ヒ-を一口飲むと心が落ち着いた。 「ミキ……話しがしたい。昨日、俺が話した事は聞いてくれたか?」 俺は頭を縦に振り意思表示した。 「そうか。聞いてくれたら良かった。昨日の話しに嘘は無い! 結局の所……俺の嫉妬から始まった。悪かった」 一晩置いて、俺も冷静になれた。 「俺こそ、ごめんなさい。伊織さんを信じてなかったわけじゃないけど……俺もカッとなって嫉妬しました」 「いや、ミキだけじゃなく俺も悪い。元彼だと解って……嫉妬に狂い周りが見えなかった。ミキ、幾つか質問して良いかな?」 「はい。俺も誤解を解きたいですから」 「じゃあ、なぜ?あの時、俺を置いて元彼と話しに行ったんだ?それがショックでもあった。狭量かも知れないが、俺にはあんな風には出来ないと思った。これまでは、割り切った付き合いばかりしてた事もあるんだろうけどな」 「えっと……始めは、偶然の再会で驚きました。けど……もう2年以上も前で、俺にとっては良い思い出って言うか、瀬戸さん自体が良い人なんで」 こう言う風に瀬戸さんの事を言ったら変に思うかな? でも、正直な気持ちだ。 「そうか。ミキにとっては、もう思い出の人で懐かしかったって事か。言いたく無いなら言わなくて良いが……俺が聞きたいだけだが……どうして、その良い人と別れた?」 ミキの良い分も冷静な今なら良く解るが……俺には無い感情だ。 そこがミキの優しさで良さでもある。 「別れた原因は、瀬戸さんの大阪転勤が決まって……俺から別れを告げました。……俺…遠距離とか無理だし……寂しくって、側に居てくれないとダメなんです……それと……もう、待つのは無理だから。あやふやな感じより、転勤前にはっきりした方が良いと思って。瀬戸さんと付き合ってる時は……短い間でしたけど、本当に優しくして貰ったし良い思い出ばかりなんで。瀬戸さんには遠距離の俺より新しい場所で良い人が見つかると思ったから、俺から言いました。瀬戸さんには、本当に良くして貰ったけど……好きだったけど……愛してるって気持ちまではいかなかった。それもあって……」 伊織さんに話してて当時の事を思い出し、瀬戸さんに悪い事してたと思った。 付き合っても好きにはなれても愛する事は出来なかったのは、瀬戸さんだけじゃなかった。 寂しいからって好きになれそうって事で、付き合った人達は他にも居る。 俺、その人達に申し訳無い事してたんだな。 付き合ってる時に精一杯尽くしたのは、俺の後ろめたい気持ちがそうさせてたのかも……。 「そうか。2人で話してる時に、やけに親密にしてた様に思ったが……何を話してたか?聞いても良いか?……ミキの頬に手を当てたり……手を握ったりしてた。そんなのを見たら、ヤキモキして目が離せずに居た」 嫉妬深いと思われるだろうか? でも、俺の正直な気持ちと2人の間で何を話してたか?聞きたい! 寄りを戻そうって言われたのか? 何て返事をしたのか? 聞きたい! 「始めは、お互いの近況報告で、瀬戸さんが大阪からこっちに転勤で戻って、俺の事を思い出して ‘R’moneに行けば会えるかも…と思って来たって言ってました俺の頬に手を当てたのは…元気で良かったって、前より綺麗になったって、恋人は居るのか?って……たぶん、その時だと思います。俺は恋人は居ます。凄く大切な人ですって答えました。それから…手を握ってたのは……良い恋人が出来たんだなって、自分も俺と別れて大阪で何人かと付き合ったけど、今は1人だからもし俺に恋人が居なかったらと微かな願望もあって、ここに来たって。でも、俺が幸せな事が解って諦めがついたって……優しい人だから。それから少し話して瀬戸さんは帰りました」 瀬戸さんと2人で話した内容を大まかに話したけど…解ってくれたかな? 「……優しい人だな」 「うん。凄く優しく良い人です」 微笑み話すミキは心底そう思ってるのが解る。 だが、優しいだけじゃあミキは好きになれても愛せる事が出来なかったんだろう。 ミキは少し強引な方が本当は好きなタイプだし、安心して全てを預けるタイプだからな。 やはり……俺だな! 「あと、どうしても最後に聞きたい。なぜ?誘われて男と飲んだ?そして男と店を出た?その後、どうしようとした?」 まさか! 男とそのままどこかに……それは無いとは思うが、ミキの口からはっきり聞きたかった。 「………ごめんなさい。俺……性格悪くて……嫌いにならないで下さい!」 あの時の俺の気持ちを正直に話したら……嫌われてしまうかも……軽蔑されるかも……。 「俺がミキを嫌いになる事は無い!って、いつも言ってるだろ。だから、正直に話せ」 どんなミキであっても、俺の気持ちは変わる事は無いそれだけは揺るがない。 「俺……伊織さんが俺に当て付ける為に誘いに乗ったのか?と……ごめんなさい! 始めは、カッとして2人を見たくなくって離れて座ったけど、気になって見ると…イチャイチャしてた様に見えて……悲しくなって寂しくなって……そんな時に、声を掛けられて少しだけ寂しさを紛らわそうと思った。……でも……その内に…自分は何をしてるんだろう?って、バカな事してるって思って…ここに居ても仕方ないと帰って冷静になろうと思いました。具合が良く無いからって帰ろうとしたら、タクシーのところまで送るって言ってくれて……それだけです」 今、思えば本当にバカな事をした。 伊織さんの隣に居た人と対峙して ‘俺の恋人だから’ ‘そこは俺の席だから‘ って、カッとしないで素直に言えば良かった、それか、その場で直ぐに帰れば良かった。 今更だけど……。 伊織さん、俺の話し聞いてどう思ったかな? 「ミキの気持ちは解った。あの時は、俺も悪かった。イチャイチャしてたのは誤解だ! 腕を離そうとしても力が強くて、何とか離そうと必死になってた。たまに酒癖が悪かったりしつこい奴が居るが、殆どがセレブで客層も良いから駆引きはスマ-トなんだが、今回はしつこい奴に絡まれた。祐一の店でゴタゴタしたくなかった事もあり、罵声は浴びせられないし暴力的な事も控えてたのもある。結局、ミキを追う時には罵声浴びせ突き放してしまったがな。……それで、あの男に何か言われたり誘われたりしなかったのか?」 ミキを前に誘わないわけはないと思った。 今日がダメなら次の約束を取り付けるはずだ。 そのくらいミキは魅力的だ。 「……誘われたりは無かったです。具合が悪いって言ってるし。ただ……タクシーに乗る前に名刺を渡されて……今度、時間がある時に連絡欲しいって……それだけです」 本当に何も無かった……解って貰えたかな。 「解った。信じてる! で、その名刺はどうした?」 ミキは社交辞令位に思ってるだろうが、相手は次を期待してるはずだ。 「えっと……あっ…」 昨日から着てた服のポケットを探すと、やはり名刺があった。 それを取り出し、伊織さんの前に差し出す。 「必要無いだろ?捨てて良いか?」 チラッと見えた名刺には弁護士とあった。 それっぽい感じだったなぁ~と、あの時の男の姿を思い出した。 俺の問いに、ミキが頭を縦に振ると同時に、目の前でビリビリ…破り、ゴミ箱に捨てた。 黙って、その光景を見てるミキに微笑み話す。 「良し! お互い思ってる事や誤解が解けたし、この事はもう終わりにしよう。付き合ってると色々と有るとは思うが、お互いを信じて大切にしていこう。俺はミキ以外は愛せない! それは信じて欲しい」 「俺もです。今まで頭では解ってても、今回、伊織さんのモテ振りを目の前にして……改めて、俺の恋人はモテるんだって実感しました。愛されてる事に、どこかで安心しきって満足して……危機感が無かった。これからはモテる彼氏だと目を光らせておきます」 ミキからの束縛する様な言い回しに、俺はもっと.もっと束縛も独占欲も表して欲しいと思った。 「モテる事に関しては、お互い様だな。俺も目を光らせて置くからな、覚悟しろよ!」 クスクスクス……可愛く笑う。 やっと笑ったと思った。 「モテる事は否定しないんですね?流石、伊織さんですね」 「本当の事だからなぁ~。否定も出来ない。だから俺から目を離すなよ!」 そう言って2人で顔を見合わせて笑った。 いつもの雰囲気が戻り俺も一安心すると、ドッと疲れが出た。 やはり寝不足だな。 「ミキ、何だかホッとしたら眠くなった。ミキを抱きしめて眠っても良いか?」 俺の好きな笑い顔でふんわり微笑む。 「俺もホッとしたら眠いです。やはり伊織さんが側に居てくれた方が安心して熟睡出来ます」 「決まりだな! 寝室に行こう」 ミキの手を取り寝室に向かいベットに服を着たまま横たわった。 背後からミキを抱きしめ目を閉じた。 やはり、1番安らぐ! この腕の中にミキを抱きしめて居る時が、1番幸せだ! 「やっぱり伊織さんの側が1番安心して落ち着きます。ぐっすり寝れそう」 俺の腕を摩り、そう話す。 同じ気持ちだな。 「俺もだ。ゆっくり休もう」 暫くすると、ス-ス-…寝息が聞こえ俺の眠りを誘った。 それから先に目が覚めた俺は隣で幸せそうな寝顔のミキを暫く眺めてたが、スケベ心でちょっと悪戯をし、まだ覚醒して無いミキをそのまま襲ってしまったのはご愛嬌だ。 この時は何ヶ月か先に、俺達に最大の危機が待っていようとは思いもしなかった。

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