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第632話 番外編

「…朱音」 田口さんが彼女の名を口にした。 やはり…元彼女か。 冗談で言ったのに…まさか当たるなんて…な。 俺達はゆっくり歩いて行くと、元彼女は小走りに駆け寄って来た。 「湊~。電話やLineしたのに~、全然連絡取れないんだもん」 「携帯から削除したからな」 田口さんがはっきりと話してくれた。 削除も……俺の為だと解った。 俺には何も言わなかったけど、田口さんの誠実さが伝わってくる。 やはり、この人の恋人になって良かった! 「酷い~! 幾ら別れても削除までしなくっても良いでしょう! 湊って薄情!」 「はあ?俺の中では、当たり前の事だけどな。で、何?今頃?」 朱音さんは初めて俺をチラッと見た。 「ちょっと、話しがしたくって」 「話?何?」 朱音さんに冷たい田口さんの態度に、俺は空気を読んで挨拶した。 「初めまして。俺、田口さんと一緒の会社で、後輩の佐藤と申します」 「初めまして、八木朱音です。えっと…仕事の後?」 何だか、帰って欲しそうな感じで言われた。 そう思い込んだのかも知れない…けど。 「そう、仕事帰りに夕飯食べようって話しになって、俺の部屋に行く所!」 俺が言い淀んでると、田口さんがはっきり言ってくれた。 「そうなの?何~、湊の部屋で手料理?何、作るの?」 田口さんが話しても彼女は引き下がる気配は無かった逆に、俺がぶら下げてる買い物袋をチラッと見た。 「鍋です。俺も田口さんも1人暮らしだから…鍋食べたいって言う事になって」 余計な事言うなって顔をする田口さんの顔がチラッと見えた。 「そうなの?材料はあるんでしょう。じゃあ、私が作ってあげる」 「要らねぇ~。何で?別れた女に作って貰わなきゃなんねぇ~の。自分達で作るからいい」 田口さんが冷たく話すと、朱音さんは悲しそうな顔を見せた。 「別れると…冷たくなるのね?湊に話しもあるのに……」 あ~この雰囲気、やだなぁ~。 朱音さんがわざわざ別れた田口さんの所に来るのに勇気がいったはず……そう思うと、俺は冷たくは出来なかった。 「……折角、ここまで来たんですから、一緒に鍋食べますか?」 俺がそう言うと、俯き加減の顔が明るい顔で顔を上げた。 「良いの?ありがと! じゃあ、私が作るから。行こう行こう!」 俺から買い物袋を奪い歩き出した。 パンッ! 頭を小突かれた。 「お前なぁ~、余計な事すんなよ!」 「はあ、でも……何か話しあるみたいだし…」 「知るか!」 「早く~」 マンション前に着いた朱音さんが手を振り待ってた。 「仕方ねぇ~な」 そう言って歩き出した田口さんと一緒に歩き 「朱音さんって…可愛らしいですね。田口さんって、可愛い系がタイプなんですか?」 何言ってんだ~って顔で俺をチラッと見た。 「まあな。どっちかっつ~と可愛い系が良いが。 でも今は面白くって一緒に居て楽しい奴が好きだ」 遠回しだけど、俺の事を言ってくれたのが解った。 さっきまで思考がネガティブになりつつあった俺は嬉しくなりニマ~ッと顔が緩んだ。 パコ~ンッ! また、頭を小突かれた。 「アイドル顔がダラしない顔してんじゃねぇ~よ」 「そんなに何度も叩かないで下さいよ~。大切な思い出が1つずつ飛んでっちゃうじゃないですか~」 「はん! どうせ下らねぇ~思い出だろ~が。その軽い頭は俺の事だけ考えてりゃ~良いんだよ!」 ちょっと俺様な発言だけど…元彼女の出現の今は凄~く嬉しかった。 「田口さん、何様目線?女王様じゃなく男だから王様?俺、痛いのとか無理ですから」 照れて、つい冗談に走ってしまうのは俺の癖だ。 素直じゃないのは解ってるけど……照れて素直には言えない! 「何、照れてんだ~」 田口さんは俺の事を解ってくれてると思った。 それも凄く嬉しかった。 「何してのよ~、早くぅ~」 朱音さんの存在を忘れて、いつものノリの2人だった……。 忘れてた!……朱音さん、居るんだった。 これからの時間を思うと…またネガティブになりそうだ。

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