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第633話 番外編

田口さんの部屋に入って、朱音さんは部屋の中を見回してた。 「変わってないわね。でも、ちょっと散らかってる?やっぱ、彼女が居ないとだめねぇ~」 「煩せぇ~な。俺はこれが居心地良い~の」 朱音さんは少し片付けを始め、田口さんは「余計な事するな!」って、言い合ってるのを眺めてた。 俺からすれば、田口さんの部屋は片付いてる方だと思う。 朱音さんの ‘変わってない’ とか ‘彼女が居ないとだめね’ って言葉が ‘自分が居ないとだめなのね‘ って聞こえたのは、俺がネガティブになってるからなのか? だめだ.だめだ! 思考が…ネガティブモ-ドだ! 「じゃあ、鍋の用意しちゃうから、先に飲んでても良いわよ」 「俺も手伝います」 「大丈夫。鍋なら野菜切って入れるだけだから、時間掛からないから。湊、カセットコンロ出して置いてぇ~」 「はい.はい」 キッチンに向かう朱音さんと田口さんの2人の付き合ってた時の雰囲気を思わせた。 朱音さんは…田口さんの部屋のキッチンの中の事は、何も言わなくっても解ってるらしく、まな板や包丁.鍋や器を出し野菜を切り始めた。 ここに来てた事が良く解る。 そりゃそうだよな、元彼女だもんな。 ガスコンロとビ-ルを2本を持って来た田口さんはテ-ブルの上に置き、上着を脱ぎエアコンを入れた。 「佐藤も上着脱げよ」 「はい」 リラックスしろって言う意味で田口さんは言ってくれた。 2人でテ-ブルに座り、奇妙な雰囲気に居たたまれず何となくビ-ルを飲む。 トントントントン…… 野菜を切る音がリズミカルに聞こえた。 やっぱり女の子がキッチンに立ってるのは良いなぁ~。 男の俺じゃあ……あんなにリズミカルに出来ないや! また、落ち込む。 「佐藤、朱音の事は気にするな。あいつは結婚決まったらしいと聞いてる」 「何で知ってるんですか?」 携帯からは連絡先を削除したって言ってたのに、なぜ? 「俺は連絡とってないし、今まで朱音からも連絡きた事は無い。元々、付き合ったのは友達の紹介だったからな。まぁ、わざわざ教えてくれる奴は居るわけだ。もう関係無ぇ~のに、余計なお世話する奴はどこにでも居るって事。話しって、結婚決まったって報告かもな」 「そうですかね?」 わざわざ元彼に結婚報告するかなぁ? 結婚決まって逆に田口さんの事思い出して未練残ってる?だから、ここに? そう考えた方が辻褄が合う気がした。 「ま、何の話しかわかんねぇ~けど、もう俺には関係無い! だから、翔も気にするな!」 部屋に入って初めて ‘翔’ って呼ばれた。 2人っきりの時しか呼ばない.いや呼べない。 そう呼ばれたのが嬉しかった。 「…湊」 小さく呟いくと、キッチンの方から被せるように声がした。 「湊~。鍋、持ってて~」 「ん、ああ」 俺の横を通り過ぎる時に、田口さんは俺の頭を一撫でしてキッチンに向かった。 一撫でした頭に手を置き、こう言う所が好きだなぁ~と、俺は少しだけ心が温かくなった。 鍋をカセットコンロの上に置き火を点ける田口さんと、取皿.箸を持ってくる朱音さんの連係プレイに、俺は黙って座って見てるだけだった。 「湊~、冷蔵庫の中身、殆ど入って無いじゃない。んもう、だめねぇ~。何も無かったけど、出汁巻卵位は作れたしナッツ系持って来たから食べて。湊、ナッツ系好きねぇ」 鍋の他にも出汁巻卵をチャチャッと作り……田口さんがナッツ系が好きだとは知らなかった。 食べてるのは知ってたけど……。 朱音さんも座り、これから夕飯が始まる。 本当は、2人で食べる予定だったのに……。 俺が作ると時間掛かって、こんなに早く食べられない 「さて、食べよう.食べよ」 朱音さんがビ-ルを持って来て無かったのに気が付いた。 「朱音さん、ビ-ル持って来ますか?」 「ううん、いいの。ちょっと体調も良くないし」 「佐藤。こいつはビ-ルは苦くて飲めないって言うお子ちゃまだからいいんだ。酎ハイとかの甘いやつしか飲めないの」 「湊、酷~い。だってぇ~ビ-ルのどこが美味しい~か解んないんだもん」 「大人になると解る!」 「んもう~、そんな事言ってぇ~」 目の前で繰り広げられる仲良さそうな2人の言い合いに……チクッと胸が痛む。 ナッツの事.ビ-ルの事……2人の付き合いの長さが解った。 比べても仕方ないのは解ってる。 2年近く付き合ってた朱音さんと3ヶ月位の俺じゃあ……。 またネガティブになりそうな気持ちを振り払う。 「はい。佐藤さん」 器によそって俺に手渡ししてくれ、田口さんと自分の分もよそう。 やっぱ女の子なんだなぁ~。 俺と田口さんだけなら、自分の分は自分でよそう。 「さあ、食べよう。頂きます」 「「頂きます」」 鍋の白菜と豚肉をポン酢でさっぱりと食べる。 美味しい~♪ 「美味しい~ね♪ 湊、どう、久し振りの手料理は?」 「美味いけど。鍋なんだから、野菜や肉をぶっこめば誰が作っても一緒。ん~美味い」 たぶん、俺の為にそう言ってくれたと思った。 「また~そんな事言って~。素直じゃないんだから。佐藤さん、会社でもこんな感じなの?」 「まあ、いつも俺は揶揄われてます。けど…仕事のフォローはしてくれるし頼りになります」 「へえ~、後輩に慕われてんだ~。湊は何やかんや言って優しいし誠実だからね。頼りになるのも解るぅ」 「何だよ~急に。さっきまで良く言って無かったのに、気持ち悪りぃ~な」 「あら、そう?前に海で子供が迷子になってた時にも一緒にお母さん探してたじゃない、結局、迷子センターに連れてったけど。あと、他にも ox oxoxoxox…… oxoxoxox……oxoxoxox……」 付き合ってた時の田口さんとの思い出話しを言い始めた。 俺は黙って聞きながら鍋を食べてた。 本当は、2人の思い出話なんか聞きたく無い。 口に何か入れてれば俺が口を開く必要が無いと、ずっと食べていた。 田口さんも始めは素っ気なく話してたけど、段々と懐かしく思ったのか?朱音さんと楽しそうに話し出した 俺……ここに居て良いのかなぁ? 何だか、カップルの所に邪魔しに来た友達みたいな構図じゃないかなぁ? 楽しそうに話す2人を笑顔を見せながら黙って聞き、ひたすら食べて居た。 ちゃんと笑顔になってるかな? 引きつって無いかな? 暫くすると、唐突に朱音さんが俺に話題を振ってきた 「佐藤さんって、彼女は?カッコいいからモテるでしょ?」 ビ-ルを飲んで気持ちを落ち着かせて答えた。 「俺ですか?ん~付き合ってる人は居ます。俺、軽いって言われるからそんなにモテませんよ。楽しい~とは言われますけど」 「付き合ってる人居るんだぁ~。彼女居るのに、可哀想な先輩に付き合って鍋してるの?出来た後輩ね」 俺を褒めてるようで…田口さんの事を探ってるようにも聞こえた。 俺が何も言えずに居ると、田口さんが朱音さんに話した。 「はあ?可哀想って誰の事?悪いけど、俺も既に付き合ってる人居るからな!」 「そうなの?その割には女っけが無い様な気がしたけど?冷蔵庫の中身も、部屋も」 そりゃそうだ。 付き合ってるのは女の子じゃなく…俺だもん。 「そんなのどうでも良いだろ。付き合って、そんなに経って無いから」 「ふ~ん、そうなの」 ちょっと疑わしいって顔をしてたけど……一応は納得したようだ。 田口さんがはっきり朱音さんの前で付き合ってる人が居るって言ってくれた事が密かに凄く嬉しかった。 それから朱音さんも話題を変え少し話し、鍋は粗方食べ終わった頃に田口さんが朱音さんに聞いた。 「で、今日は何しに来た?話しって?俺には無いけど」 朱音さんは沈黙の後、俺の顔をチラッと見た。 俺が居ると話し辛い事なんだ。 朱音さんから伝わるオ-ラで、どうしようか迷ったけど……俺が居ても仕方ないし……朱音さんは帰って欲しそうだし……俺は帰る事にした。 鞄と上着を持ってスクッと立ち 「じゃあ、田口さん。俺、帰ります。朱音さん、鍋凄く美味しかったです。片付けもせず、すみません。じゃあ、明日会社で」 「お.おい! 佐藤!」 俺を呼ぶ田口さんの声が聞こえたが、玄関に向かい靴を履いてた所に田口さんが来て小声で話す。 「帰る事ない! 朱音の事は気にするなって言っただろ?」 「俺が居ると話し辛いんじゃないか?と思って」 俺がそう話すと、田口さんは仕方ないって顔で俺の頭を撫でた。 「そう言う翔の優しい所が好きだ。今日、必ず電話する。ごめんな」 「うん、待ってる」 そう言って田口さんの部屋を出た。 駅までの道を1人トボトボ…歩きながら、帰り際に田口さんが言ってくれた ‘そう言う翔の優しい所が好きだ’ その言葉が嬉しかった。 そして ‘必ず電話する’って話す田口さんの誠実さも伝わった。 2人を残して来た事は……気になるけど……田口さんなら大丈夫、信じられる! そう自分に言い聞かせてた。

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