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第733話

9時は過ぎてる。 飯だけなら…もう帰って居てもおかしくない時間だ。 部屋のドアの前で鍵を手にし、そんな事を思ってた。 ‘ただいま~’ と言った時に、いつもの様に ‘お帰りなさい。お疲れ様でした’ と返事があるだろうか? 部屋の中に明かりがあるだろうか? そのどちらも無かったら……落胆しちまう。 どうか部屋に居てくれよ! そして鍵を差込みドアを開けた。 「ただいま~」 ………返事が無い。 まだ帰ってないのか? 一瞬がっかりし落胆してたが、リビングから少し明かりが漏れてた。 居るのか? 帰ってるのか? 期待で胸を膨らませリビングのドアを開けると部屋の中は明かりがあるが、肝心のミキの姿が見えない。 「ミキ」 少し大きな声で呼ぶと、浴室の方からミキがリビングに入って来た。 「伊織さん、お帰りなさい。こんな時間まで、お疲れ様です」 風呂に入ってたのか。 ミキが居てくれた……飯だけで帰って来い!と言う俺との約束を守ったんだ。 「風呂に入ってたのか?早く帰って来たのか?」 スーツの上着を脱ぎなら、さり気なさを装い聞く 「焼肉食べに行ったんです。だから、臭いかなっと思って、先にお風呂入っちゃいました。帰って来たのは30分位前です」 「へぇ~、焼肉食べたのか」 「先輩が焼肉食べたいって言うから。焼肉って1人で食べるのが恥ずかしいからって。周りは家族や友人やカップルの中で1人焼肉は寂しいから、ずっと我慢してたみたいです」 それなら、わざわざミキを誘う必要ないだろ。 会社の人とでも行けよ!  俺がそう心の中で思ってると、またミキから話してきた。 「そんなに我慢してないで、会社の人とか誘って行けば良いじゃないですか?って話たら、会社の人だと飲みに行く事の方が殆どらしく、久し振りの焼肉だからって ‘良い肉と腹一杯食べるぞ!’ って張り切ってました。それでお肉がくると ‘霜降り~‘ とか ‘やはり日本の肉が1番美味い‼︎’って喜んでました。凄く美味しいお肉でした。それで、結局、先輩が自分が誘ったからって奢ってくれました」 俺だって、霜降りでもA5ランクの肉でももっと良い肉をいつでも食べさせてやるのに! 永瀬との夕飯の事を楽しそうに話すミキを見て、 さっきまでミキが帰ってた事が嬉しかった気持ちが下降していく。 その一方では隠し事がない.何も無いから口に出してるんだろうとは思う。 何だか複雑だ。 「焼肉食べた後、次に誘われ無かったのか?」 「焼肉食べながらビールを少し飲んだんですが、先輩は飲み足りないとか言ってましたけど、明日も仕事だからって誘われる前に、先に言いました」 そうか、ミキにしては良い選択をした。 永瀬が誘ったら断り難いから、先に先手を打ったと言う所か。 しかし、ミキにそんな駆け引きや計算はできない……と言う事は、俺との約束を守る為に雰囲気を察して咄嗟に出たんだろう。 そう考えると、また少し気分が浮上した。 浮き沈みが激しい自分の気持ちがミキの言動で左右されてるとは……。 それ程、自分が思うより永瀬との事が気になってるって言う証拠だろうな。 「伊織さん、夕飯は?」 「ああ、カップラーメンでも食う」 「だめですよ。まだなら、チャー飯かうどんでも作りますから。その間に、お風呂入って来て下さい」 相変わらず俺の食事と体を心配し……こう言う所が家庭的で心が癒される。 「解った。じゃあ、チャー飯頼む! 着替えて風呂入って来る」 「解りました。用意しておきますね」 ミキがキッチンに向かい、俺は寝室に向かう。 風呂場に入るとまだ暖かい湯気が残ってた。 軽くシャワー浴びて湯船に浸かる。 温かい風呂と明かりのある部屋.ミキが居る幸せを実感してた。  「ミキがいつも居る事が当たり前になってたな」 それは2人の付き合いや同棲生活が順調だと言う事だが……ある意味そこに居て当たり前だと日常生活になってたな。 確かに、出会った当初や付き合い始めのドキドキ感は多少は薄れたが、今だにミキの仕草や表情にドキッと胸を高鳴る事が多い。 必ず俺の者にすると言う激しい恋情が大切したいと言う安定した恋情に変わった。 それは俺達の付き合いの長さを物語り、祐一や龍臣に聞いても、やはりそんな感じだと言ってた。 俺には、それが自分の幸せだと思ってるが……マンネリとミキが感じてないとも言えない。 そうだ! たまには、仕事帰りに外食でもするか。 俺はミキの家事負担を考え、たまに外食しようと誘うが、倹約家のミキは ‘勿体無いから‘と言われミキが負担に思わなければ良いかと甘んじてた。 この仕事が終わったら、そうしよう。 土日に遠出しても良いし。 先の事を考えると楽しみができ、また気持ちが浮上してくる。 そして髪や体を洗い、ミキが待ってるリビングに向かった。 「チャー飯、出来てますよ」 ダイニングではなくソファのテーブルに用意されてあった。 「ありがとうな」 俺が風呂から上がるのに合わせて作ったチャー飯は湯気が出て美味そうだ。 「いただきます」 チャー飯を口にし帰って来るまでは余り食欲も湧かなかったが、ミキが帰って来てた安堵や嬉しさで俄然食欲も湧いてきてた。 ガツガツ…食べる俺を見て嬉しそうに笑う。 「慌てないで、ゆっくり食べて下さいね」 「解った」 スマホを手にしてたミキはスマホを弄り始めた。 殆ど、家ではスマホは弄らないが、偶に真琴君や沙織達とLINEしてるのを知ってた俺はてっきりそうだと思い何となく聞いてみた。 「真琴君か?」 「違います、先輩です。帰って来て、直ぐにお風呂入ってたのでLINEきてるの気づかなかったから」 「LINE交換したのか?」 「はい。仕事関係でも聞きたい事があるかもって先輩が言って。それで一応交換しました」 仕事の事なら、会社にすれば良いものを……。 わざわざミキのスマホに連絡しなくても……LINE交換する口実だと俺には解ったが、ミキは素直に仕事絡みで必要な時もあるかも…と思ったんだろうな。 それか押し切られたか。 「そうか。それで今は何だって?」 「夕飯に付き合わせて悪かったとかやはり焼肉は誰かと一緒に食べた方が美味しかったとか」 「そうか」 「そうだ! 先輩が凄く良い会社だなって褒めてました。仕事も速いし、ここまで順調に進んでる事に感謝してました。何だか皆んなの事や会社の事を褒めて貰って嬉しかったです」 「そうか」 そう話しながらも、俺がチャー飯食べ終わるまで永瀬とのLINEをしてた。 仕事振りや会社の事を褒められ嬉しいのか?それとも永瀬とのLINEの遣り取りが……嬉しそうなミキの姿に邪心が広がる。 折角、浮上してた気持ちがまた下降していくのが自分でも解った。 そして、これを機に永瀬とのLINEの遣り取りが増えていった。

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