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第738話
「………」
どうしたら良いか戸惑ってると、先輩は頬を撫でてた手を離す。
あっ!
……離れる手が寂しく感じた。
「今……付き合ってる人は?」
先輩と何度か会ってたけど……この話題に触れる事は1度も無かった。
ドキドキ……ドキドキ……
「付き合ってる人は……居ます」
俺は正直話す。
「……そうか」
間を開け話し、そしてワインを飲みグラスをカウンターに置く。
「……どんな人か聞いて良いか?」
なぜ?聞くんだろう。
仕事相手の先輩には、伊織さんだとは言えない。
「年上で仕事が出来て頭もキレる人で……強引な所もあるけど…凄く優しいです。いつも俺を1番に考えてくれる人で包容力があって信頼と尊敬出来る人です」
俺は名前を出さずに、素直に思ったままを話した
「そうか……幸せなんだな」
「先輩は?」
先輩こそ学生の時より大人っぽくなり、社会人になって揉まれて更に自信がつき堂々とした男らしさも相変わらずで、周りが放っておかないと思った。
一言で言えば……更にカッコ良くなった。
「俺か?今は付き合ってる人は居ない」
先輩の ‘今は’ と言う言葉に胸がチクッ!とした。
言葉の裏を返せば……以前は居たと言う事何だろうと思った。
自分にも伊織さんと言う恋人が居るのに……そんな事を思った。
そして重苦しい雰囲気に、これ以上は……‘だめだ’
と一旦雰囲気を変えようと「先輩、ちょっとお手洗いに」と言って席を立った。
その時に「……遅かったか」と小さく呟いた気がしたけど……そのままトイレに向かった。
洗面台の前の鏡に写る自分を見て大きく息を吐いた。
「ふう~~」
緊張感があって……ただならぬ雰囲気に…居ても立っても居られず逃げ出して来たのが本当の所だった。
そしてあのまま話しを進めるのは……この重苦しい雰囲気に飲み込まれてしまいそうで……止めた方が良いと自分の中で警報がなった。
伊達眼鏡を取り手を洗い、そして顔を洗った。
少しさっぱりして気持ちも落ち着いた。
ドキドキ…も治った。
今までお互いの恋愛には触れてこなかったのに……突然、どうしたんだろう。
ハンカチで濡れた顔を拭き、目の前の鏡に写る自分の顔を見た。
少し酔ってるのかな。
目が潤み、頬も赤い。
そして……先輩が触れた頬を触る。
先輩が俺の頬を指の背でなぞり手の平で撫でる、その癖が大好きだった。
……懐かしい手の感触。
パチンッ!パチンッ!
自分の頬を軽く叩き気合を入れた。
良し‼︎ 大丈夫!
このお店に来て、そろそろ1時間は経つかな?
あの雰囲気……ちょっと限界かも。
今まで会っても、こんな事無かったのに……。
でも…付き合ってる人が居るときちんと言ったし……もう大丈夫かな。
あのワインを飲んだら、様子を見て帰ろうと切り出そう。
もう1度鏡を見て笑顔を作る。
大丈夫! 大丈夫!
自分に言い聞かせ、先輩の待って居る場所に戻った。
ワイングラスにまだ半分程残ってた。
コクッコクッ……
「先輩! 日本に来てから、鈴木先輩や立花先輩以外にも誰かと会いました?」
雰囲気を変えようと明るく努めて話題を変えた。
クスッ!……と先輩は笑った。
何で笑うの?
「いや、日本滞在がいつもは長くても1週間か短いと3日とかだったからな。大体、会うのは貴士と真司ぐらいで。あとは実家に顔出したりかな。でも、今回は長い滞在だからな。ちょっと大学で世話になった教授に会って来ようかと思ってる。ミキも知ってるだろ。大垣教授!」
また、懐かしい名前が出た。
「あの大垣教授?俺は直接教授の授業は取って無かったけど、良くサークルに顔出したり差入れしてくれて気さくな教授でしたよね」
「そうそう。俺達3人は教授の講義はとってたからな。俺達より前の先輩達の時からサークルのボランティア活動には理解と共感してくれてたらしく、俺達の代でも何かと大学側にも話しを通してくれたりと世話になってた」
「知らなかった。良くサークルに顔出してくれるとは思ってたけど」
「こんな機会でも無いとなかなか会えないと思ってな。教授もあと数年で定年だろうし…」
「良いと思います。卒業して何年経っても忘れずに会いに来てくれたって、凄く喜びますよ」
「そうだな」
俺がそう話すと先輩も嬉しそうな顔を見せた。
そしてワインを飲み干し、俺は先輩に「そろそろ帰りましょう」と提案した。
先輩も了承し、マスターに「凄く良いワインと店の雰囲気で、また来ます」と、話すと「ぜひ、お待ちしております」と嬉しそうだった。
会計の時に一悶着あった。
ここに来る前も先輩達に奢って貰ってたから、今度は俺が出すと言っても「先輩に恥掻かせるな。どうしてもって言うなら、また今度飯に付き合ってくれ。その時に頼む!」と言い、結局先輩が払ってくれた
そして……さり気なく次のご飯の約束もされた気がする。
そして店を出て駅まで並んで歩き、少し酔ってる体には心地良い風が吹いて気持ち良かった。
同じ電車で途中まで一緒で、先に降りた先輩はまた違う沿線らしくそこで分かれた。
1人電車に揺られながら先輩達に会うまで多少の緊張もあったけど…鈴木先輩や立花先輩にも会えて楽しかった。
先輩と再会しなきゃ会えなかったかもしれない。
そう考えると……先輩との再会も悪くは無かったのかも……。
俺も先輩も肝心な事には意図的に触れずに、飽くまで先輩後輩として会うようにしてた。
俺はそう思ってた。
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