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第740話
「ただいま」
部屋の中は暗く、いつもなら返ってくる返事も無かった。
部屋の明かりを点け、スーツの上着を脱ぎソファの背に掛けドサッと座り、息苦しいネクタイの結び目を緩めた。
部屋の時計は23時になろうとしてた。
「まだ、帰って無いのか」
龍臣とおやじの店を出て電車に乗り、最寄りの駅から急いで帰って来たが……。
遅くとも22時頃には帰ってるだろうと思ってたが……。
急いで帰って来る事も無かったな。
部屋に居るだろうと思ってただけに……落胆し、こんな時間まで永瀬と一緒に居る事にイラつく。
はあ~~!
このまま帰って来るのを待ってるのもな。
イライラ…と時間と睨めっこしてると、このままでは帰って来たミキを責めた口調になりそうな自分が見える。
一応、スマホにLINEがないか?確認したが、ミキからの連絡は無かった。
その事にも落胆し気持ちが下降していく。
「もう、寝ちまおう‼︎」
着てたスーツをその場で脱ぎ散らかし、パンツ1丁で寝室に向かいベットに潜り込んだ。
まだ、あいつと一緒なのか?
いつ帰って来るんだ。
連絡位あっても良いだろう。
ベットの中でもイライラ…と考え始める自分が情けなく思い、頭から布団を被り何も考え無いように外気とを遮断しふて寝を決め込んだ。
酒が入ってた事もあり、そのままいつの間にか寝てしまった。
そして突然目が覚めた。
寝室は真っ暗で……隣には、ミキの姿は無かった
目覚まし時計で時間を確認すると1時過ぎてた。
まだ、帰って無いのか?
一気に頭が覚醒しハッとし、ガバッと布団を剥ぎベットから下り寝室のドアを開けた。
リビングには俺が明かりを点けたままの状態で部屋の中を見回したが、どこにもミキの気配も姿も無かった。
嘘だろ‼︎
まさか…だよな‼︎
もしかして……一縷の望みを掛け、寝室からあまり使われないミキ専用の部屋に行きドアを開けたが…部屋の中は真っ暗で明かりを点け確認したが
………ミキの姿は無かった。
嘘だろ.嘘だろ.嘘だよな‼︎
まさか、あいつと一緒に居るか⁉︎
そんな…まさか.まさか.まさか…まさかだよな‼︎
信じられない‼︎
信じたくないと焦る俺だったが、ミキの姿が無い事が現実だった。
俺は頭の中が錯乱し恐怖を感じた。
そしてドアを閉め、その状態でふらふら…とリビングのソファに向かった。
ソファの側に行くと、その下のラグにミキが小さく丸くなり横たわって寝て居る姿が目に入りホッと胸を撫で下ろした。
ここに居たのか‼︎
寝室のドアから見えないはずだ!
「はあ~~」
帰って来てた事に安堵し、さっきまで感じてた恐怖が気持ちの中から消えていき、安心感から今度は大きく息を吐いた。
帰って来てたのか。
部屋着に着替え、髪も少し濡れてる事から風呂に入ってたのが解った。
そして手にはスマホを持ったままだった。
……永瀬とLINEでもして…そのまま寝落ちしたって所か?
想像を巡らせるとチクッと胸が痛んだが、ミキが無事に帰って来た事の方が大きかった。
このままここに寝かせて居ても……まだ暖かい日が続いてるが、もうすぐ10月に入ろうとしてる…風邪でも引いたらと心配しミキに声を掛けた。
「ミキ」
小さく声を掛け起こそうと手を伸ばし肩に触れる寸前で止めた。
「ん……せんぱ…い」
先輩?そう言ったよな?
俺が ‘ミキ‘ と呼んだ事に反応した返事がそれだった。
上からミキの顔を覗くと起きてる様子は無かった
……寝言か?
………永瀬の夢を見てるのか?
ミキの肩に触れる寸前で止めた手の平をグッと握り締めた。
それ程、永瀬の存在がミキの中で少しずつ大きくなってるって事なのか⁉︎
やはり昔好きだった男に心を揺さぶられてるのか⁉︎
ミキの気持ちは……。
揺り起こして問い詰めたくなる感情を爪が食い込む程握り締めた拳で我慢した。
スーハー.スーハー……。
落ち着かせる為に深呼吸し、そしてミキの手から静かにスマホを離しテーブルに置き、ミキの背中と膝に手を回し横抱きにしゆっくりと歩き寝室に向かった。
ベットにそぉっと横たわせ、俺も横になり布団を掛けミキを抱き寄せた。
今は何も考えまい‼︎
ここに、こうしてミキが居る‼︎
今はこうして暖かいミキの温もりを胸に抱き寝てしまおう。
次の日に起きた時には隣に眠って居たはずのミキの姿は無かった。
ミキを抱きしめて寝てたのは……夢だったのか?
俺は慌てて起き、寝室を出た。
リビングには良い匂いが立ち込めてた。
キッチンからミキの姿と声がした。
「やっと起きました?そろそろ起こそうと思ってたから丁度良かった」
いつもの笑顔のミキの姿に……夢じゃなかった事に安堵した。
それからミキが作った朝食兼昼食を食べた。
「伊織さん、昨日の夕飯はどうしました?」
相変わらず俺の飯を気にするミキに安堵する。
俺を気にしてくれてる!
そんな些細な事が……これ程嬉しいとはな。
「龍臣とおやじの店で食べた」
「龍臣さんと?珍しいですね。でも、大将のお店で食べたなら良かった。大将の料理凄く美味しいから」
俺はこれ幸いとさり気なく聞く事にした。
たぶん…俺から聞かずともミキから話すとは思うが……飽くまでもさり気なく.さり気なく……自分に言い聞かせた。
「ああ、何となく龍臣を誘ってみたら運良く空いてたからな。ミキは何時頃に帰って来たんだ?悪い。俺、先に寝てた」
「良いんですよ。スーツがソファの所に脱ぎ散らかしてましたけどね。龍臣さんと一緒なら結構飲んだでしょうね。俺は0時頃かな」
「遅かったな」
「すみません。盛り上がって2次会に誘われて…断れなくって。それにマコが急に仕事でトラブルになって来れなかったのもあって…」
真琴君が行かないのは聞いてないぞ!
急に?仕事でトラブル?
それならそれでLINEでもくれれば良いものを……俺に真琴君が行かないなら行くな!と言われると思ったのか?
「マコに急にそう連絡あって、俺もじゃあ行かないと言ったんですけど、マコが永瀬先輩以外の先輩とはこういう機会が無いと会えないから行って来なよって言われて……マコがだめだから俺も行かないって言うのも断り難いかなって思い直して
伊織さんに言って無かったですね。すみません!」
まあ、こうして話してくれたし、そういう状況なら断り難いミキの気持ちも解るが……。
「そうか。ま、仕事なら仕方ないよな。久し振りに永瀬以外の先輩と会ってどうだった?」
それからミキが他の先輩達が結婚してた事や3人の先輩達の仲良さやミキが入る前のサークルの話しを聞いた事など楽しそうに話して聞かせてくれた。
今日は楽しそうに話すミキの話しを穏やかに聞く事ができた。
永瀬以外にも他に人が居た事が俺に安心感を齎(もたら)して居た。
まさかミキが意図的に2次会に永瀬と2人っきりで行った事を話して無いとは思わなかった。
事後報告ではあったが、真琴君が行けなかった事を正直に話した事もあり、俺は話しの流れから4人で行ったと思い話を聞いて居た。
家庭持ってる他の2人がそんなに遅くなっても大丈夫なのか?と少し気になったが、独身の2人と一緒になり久し振りに会う事で羽目を外したんだろう位に思ってた。
伊織さんに…2次会には先輩と2人っきりだった事は言わなかった。
幾ら終わった事とは言え…やはり聞いて良い気持ちはしないと思った。
心配もさせたく無かった。
それに伊織さんに話さなければならないような事は、本当に何も無かった。
だから言う必要も無いと……思った。
伊織さんに黙ってる事で少し胸が痛んだけど……嘘は吐いて無いけど…黙ってる選択をした。
俺達は肝心な事を言い出す事も聞く事もしなかった。
この時にきちんと話しをしてれば……俺の気持ちを言ってれば……あんな事に成らずに居たかも知れない。
後に後悔する事になった。
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