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第765話

「ただいま」 「…………」 返事は無かった。 そりゃ、そうか。 朝の事もあの事も尾を引いてるだろうし。 返事が無かった事に落胆したが、これからの事を考えると落胆したままでは居られないと気を取り直した。 リビングに入ると部屋の中は暗かった。 「ミキ?」 シ~ンとした静寂の部屋の中には、ミキの姿は無かった。 まだ帰ってないのか? 今日は定時で帰るように言ったはず。 鞄を床に置きテーブルにケーキの箱を置き、ドサッと乱暴にソファに座った。 「はあ~」 思わず溜息が出た。 こんな大事な日に……だが、仕事が長引くのも仕方ない。 自分達の都合で仕事してるわけじゃない。 取り敢えず……ミキが帰って来るまで待つしかないか。 目の前のテーブルに置かれたケーキの箱を冷蔵庫に仕舞う事にした。 ついでにコーヒーを2人分入れ、ソファに行きテーブルに置いた。 早く帰って来い! ……帰って来るよな⁉︎ ‘解りました’って言ってたよな⁉︎ 10分…20分経っても、ミキは帰って来なかった まだか…まだか……と、イライラ…と不安とでジッとしてられず部屋の中をうろうろ…したり玄関を覗いたりと挙動不審な行動をとってた。 それから15分後に玄関ドアがガチャッ!っと開く音が聞こえた。 はあ~、やっと帰って来た! 今度は安堵とドキドキ……胸が鳴り始めた。 朝の様子から…ミキの冷たい表情と口調に対面する事が怖かった。 それと何を言われるかも…。 近づく足音にドクドクドク……心臓が鳴る。 リビングのドアをジッと見てた。 ガチャッ! 何も言わずにミキは朝と同じ無表情の顔で姿を現した。 「おかえり」 「………いま」 ドアの所に立ちすくみ、消え入りそうな小声だったが、一応返事が返ってきた事で俺も安堵し少し落ち着いた。 「立ってないで、座れよ」 ゆっくり近づき、どこに座ろうか迷い俺と距離をとって座った事にほんの少し傷ついた。 いつもは迷わず隣に座るか.目の前に座り背後から俺に抱きしめられるのが好きなミキが……1m程2人の間には距離があった。 それが今の俺達の距離感を表してた。 「…………」 「…………」 暫くお互い相手から口火を切るのを待ってるかのように沈黙が続いた。 この重苦しい空気に耐え切れず、先に俺から話し出した。 「先に謝りたい! 悪かった、浮気するつもりなんて更々ない。あの場面を見て信じられないかも知れないが、俺はミキじゃないとそう言う気も起きない。信じてくれ! 本当に、何も無かった」 俺は頭を下げ、ミキに謝った。 俺をまだ冷たい視線と表情で見ている。 信じて貰えないのか? いや、信じて貰えるまで何度も説明する!って決めただろ! 「自分では酔ってないつもりで居たが、結構酔ってたようだった。俺は酒に強いしそれに色々考える事があって、あの時は結構飲んだが……。本当に、それまでは解らなかったがトイレに立った時に酔ってるなと感じた。で、あの男が現れて誘うようなこと言ってたが、頭が回らず拒絶もせず何だか自分じゃないようなふわふわした感じで……されるがままになってた」 ここまであの時の状況を話すと、ミキの無表情の顔から頬がピクッと1度動き、また無表情で冷たい目で俺を見てた。 その目で見れるのは……辛い。 たが、そんな目で見られても仕方がない事をしてしまった。 後悔と反省が、今更ながら押し寄せてくる。 「たが、キスされそうになって……目の前の男がミキじゃない!と思ったら無意識に拒絶した。そして体を弄られても何の反応もしなかった! そんな状態だから相手も意地になったのか……跪いて…ジッパーを下ろそうとした手を止めた所に、ミキが入って来た。俺はその状況に ‘誤解された!’と焦り一気に血の気が引いた。頭は酔いで回ってなくとも体は正直だった。ミキ以外は受付ない! ミキじゃないとだめなんだ! これまでも浮気しようと思った事は1度も無い! そんなバカな事して、ミキを失う事はしない!…… だが、あの時は心が弱ってたのもあって直ぐには拒絶しなかったのも、本当だ。それに関しては、俺が全面的に悪い‼︎ 本当に済まない‼︎ ミキを傷つけて信頼を失ったと後悔と反省ばかりしてる」 ここまで正直にあの時の事、そして俺の気持ちを話した。 あとは…ミキがどう思うかだ。 ミキから聞く言葉が……怖いが……俺を罵倒しても良い.蔑んだって良い……何でも良いから何か言ってくれ‼︎ ただ……別れの言葉は聞きたくない‼︎ 暫くミキは黙ったままだったが、俺は口を開くまでジッと待ってた。 「………状況は、解りました」 それだけ? 他には? 俺の話しを信じてない? 「俺は本当の事を話した。自分でも何やってんだ!バカな事をした! ミキのショックを受けた顔が忘れられない……傷つけた。何度だって言う。ミキ以外はだめなんだ! 俺にはミキしか居ない! 俺の事罵(ののし)ったって良いから……ミキの本当の気持ちを言ってくれ! このままじゃ……俺達…だめになる」 「罵る?そんな事したって仕方ないですよ。祐さんのお店に俺が居ない隙に1人で行くって言う事事態がいお.課長の中に、そう言う気持ちが少しはあったと言う事ですよね?」 ……まただ。 伊織さんと言いそうになって課長と変えた。 まだ、怒りは収まらず許して貰えないって事か。 「祐一の店に行ったのは……ミキが永瀬と会ってたからだ」 俺はミキが永瀬と会う日の前に2人で会って話した内容をミキに話した。 そんな事があったとは知らなかったミキは一瞬驚いた顔をし、また無表情に戻った。 「偶然だとしても永瀬と再会し、ミキから昔の男と聞かされた時、あいつがそれまでミキが付き合った男達とは違って特別な存在だと直ぐに解った信頼してる人にしか呼ばせない ’ミキ’ と呼んでたからな。始めの方は、俺も今の恋人は俺だ! ミキは離さない! これまでのミキとの絆がある!と自信もあった。だが、少しずつミキと永瀬の距離が近づくに連れ……ミキを信じてないわけじゃないが目の前で楽しそうにLINEしたり遅い時間に帰って来たり、永瀬と楽しそうにしてるミキを見ると少しずつ俺の中で不安な気持ちが広がってきてた、いや、気分が悪かった。俺と言う恋人が居ながら何で昔の男と楽しそうにしてるんだ!とか.サッサと帰って来い!とか.誘われても断れ!とか不安で心の中ではそう思ってた」 「だったら、そう言えば良かったのに‼︎」 無表情のミキから怒った顔と強い口調で言われた やっと表情に出してくれた。 怒っても何でも良い、無表情よりずっとマシだ。 「ミキの前では格好つけたかったんだ! 大人で器の大きい人間だと、そして昔の男なんか気にしてないってな。そこから間違えたんだけどな。今、思えば正直に俺の気持ち言えば良かった」 「バッカみたい!」 「確かにバカだな。ミキから……‘永瀬を見るとドキドキ……する’と言われた時は、永瀬と再会して昔の気持ちが再燃した?とか.奪われるんじゃないか?って色々考えるようになった。そして極め付けが……祐一と真琴君に永瀬と俺が似てるって言われた、外見じゃなく性格がな。永瀬と俺を良く知る人達がそう思うって事は……ミキもそう思ってるじゃないか?って……。俺は永瀬の代わりなのか?俺の中に永瀬の面影を見て付き合ってるのか?と疑心暗鬼になったりした。自分でも……もし…万が一でも、ミキを奪われるとしたら……俺に似てる永瀬だろうと何となく思った。だから、2人の距離が縮まってく度に不安になってた」 「それって、俺を信じてない‼︎って事⁉︎」 「いや、ミキを信じてないわけじゃない……永瀬が怖かった、いや自分が勝手に何も言わずに不安になってただけだ。ミキを愛してるしミキにも愛されてると思ってる!……だが、その一方で永瀬の存在がやはり気になって……自信と不安とで、ごちゃごちゃだった。ミキが永瀬と会う時には遅くなるのが常だっただろ。1人でビール飲んで気を紛らしたり龍臣と会ったりと、とにかく1人で悶々と考えミキの帰りを待つのが苦痛で嫌になってたんだ。それで、あの日も1人でビール飲んで何本か空けた所でビールも無くなり、どうせまだ帰って来る時間じゃないし1人で部屋で悶々と考えてると悪い方へ悪い方へ考えちまうと思い…本当に急に強い酒と誰かに…祐一に話を聞いて貰いたい!と言う気持ちで店に行った。確かに、祐一の店に行ったら誘われるのは謙遜じゃなく解ってた全て断ったが……ミキの言うように……俺の中に俺もモテるんだ! 永瀬なんかよりずっと良い男だ!とそう言う浅はかで張り合うような気持ちがあったのかも知れない。それに声を掛けられても断れば良いと誘いに乗らなければ……祐一の店に来ても大丈夫だろうと……あの日、永瀬の話を聞いてミキは何と返事したか?気になってた……それと同時に……その答えを聞くのが……怖かったんだ」 「そんな下らないプライドなんて‼︎ 伊織さんらしくない‼︎ ばっかじゃないの!と思うけど……そこまで追い詰めたのは……俺なんですね。俺が先輩と楽しそうに会ってたりLINEとかしてたから。伊織さんの気持ちに気付かずに……俺の方がバカでした」 ミキの辛辣な言葉と共に ‘伊織さん’と言われた事が、こんな時だが凄く嬉しかった。 許してくれたか?解ってくれたか?と思った矢先に、ミキから告げれた言葉に俺は固まってしまった。 「でも、俺達……もうだめ…かも」 泣きそうな顔で絞り出すように震えた声でミキは言った。

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