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第767話

クスン…クスン…ズズズ…クスン…… 大泣きしたミキが鼻を啜り、少し落ち着いたようだ。 「ミキ、きちんと話そう。俺が不安に思ってた事とか.ミキもどう思ってたか.を聞かせてくれ!」 俺の腕の中でコクンッ!と頭を縦に振った。 俺は抱きしめたまま話し出した。 その方がお互い正直な気持ちを話し易いと思ったからだ。 「俺から質問して良いか?」 コクンッ!と頭を振った。 「まず、俺が最初に不安に思った事は……ミキから ‘先輩を見るとドキドキ…する。それが何か知りたい’ って言われた時だ。それが何なのか解ったのか?」 コクンッ! 「俺…偶然に会社で先輩との再会に動揺してました。そして…何年振りかの先輩は大人になり、自信に溢れ学生の時より格好良くなってた。そう思ったのも本当です。先輩と話してた時に凄くドキドキ…して、始めは突然の再会で動揺してドキドキ…してるんだと思いました。でも、打合せや先輩と食事とかで会う度に、何度かドキドキ…する事があった。懐かしい先輩の声.笑い方.話し方.そして俺の頬を触る癖……どれも懐かしく、学生の時に戻ったような気がした。それと……思わせぶりな事を言われたり…その度にドキドキ…して……。このままじゃ伊織さんと向き合えない、申し訳ないって…それもあり、何なのか自分の気持ちを知りたかった」 「それで、解ったのか?」 「会って行く内に……俺は懐かしい学生の時の先輩をずっと思い出してた。大人になった先輩に学生の頃の面影を探してた。先輩と会うと懐かしい.懐かしい…と、ずっと思ってた事に気がついた。たぶん…ドキドキしてたのは、学生の時に先輩に恋してた頃を思い出してたんだ!と、あの頃の気持ちがふとした瞬間に思い出してドキドキ…してたんだ!と。俺が好きだったのは、今の大人で自信に溢れた格好良い先輩じゃなく、あの学生の時の先輩なんだって」 「そうか。ん、解った! 懐かしさから良い思い出の頃が蘇ったって感じかな。それは飽くまで思い出が美化されてる事にも気が付いた?青春時代は美化されがちだからな。それと……ミキも俺と永瀬が似てると思うか?」 俺を永瀬の代わりに思ってたのか?と聞くのは、今はもう邪道だ。 それは無いと確信した。 「……どうかな?でも、先輩と先輩の同級生の人達と飲んだ時に、離れて居ても直ぐに昔のように仲が良い先輩達を見た時には ‘伊織さんと祐さんと龍臣さん達みたいだ’ とは思いました。いつまで経っても離れて居ても、こうして会うと直ぐに学生の時の仲間.友達に戻るんだなって。確かに、先輩も少し強引な所あるし何事も率先して引っ張っていくような所は伊織さんと似てるかも知れないですけど、似てない所もいっぱいありますよ」 ミキが言った事にホッとした。  「そうか、ありがと。俺は真琴君や祐一に言われて……あの時は、不安な気持ちもあったからな。似てるって言われて、益々不安になっていった。俺と永瀬を良く知ってる2人が言うなら、そうなんだろうってな。そう思うと、俺もそう思えてきてしまって」 「そんな事が……知らなかった」 「ミキの好きなタイプは俺も真琴君も祐一も知ってるからな。だから永瀬の存在が不安だった、いや怖かった。ミキを奪われるとしたら俺に似てる永瀬なんじゃないか⁉︎って」 「確かに……俺は自分が優柔不断だから、そう言う人には弱いのは自分でも何となく解ってます。俺が好きだったのは、昔の学生時代の先輩で……先輩と音信不通になって、それから先輩を忘れる為に先輩と正反対の人を選んで付き合ってた。その方が上手くいってずっと付き合えて1人になる事はないんじゃないか?って……俺が振られるのは、そう言う打算的な気持ちがあったからだったんだ!って解りました。だから、伊織さんと出会った時には、ほんの僅かな時間だったけど……印象に残ってた。好きになってはいけない! また、あんな想いするのは辛い!って……付き合う事に躊躇ってた。でも、好きな気持ちは抑えてられなくて ……強引な伊織さんに押し切られる形をとったけど……本当は好きで好きで仕方なかった。誰と付き合っても先輩の事がどこか心の片隅にあった気持ちが、伊織さんと付き合っていくうち……忘れる事が出来た。そうしてくれたのは、伊織さんだけ!です。‘俺の家族だ!’ って言われた時には、凄く嬉しかった。恋人とかよりずっと強い絆で結ばれたって」 グスン…グスン…うぅ…ズズズ……グスン…… 話してる内に、またミキは感極まって泣き始めた 俺はそんなミキの頭と背中を撫でた。 ミキの言葉が嬉しかった‼︎ どんな言葉より俺の胸に響いた! 暫く、ミキが落ち着くまで待った。 落ち着いた所で、また俺が話し出した。 「永瀬に音信不通になった理由を知ってどう思った?ミキは ‘もう終わった事だ’と言ったが……」 「それは、そう思えるようになったのは伊織さんが居たからです。伊織さんと出会う前は、やはり理由を知りたかった…心のどこかで未練があったし忘れられなかったんだと思います。先輩と再会して…あの時の理由を知れるかも……と微かに思った事もあります。それは未練とかじゃなく、また渡米する先輩と会う事はもう無いだろう!と、これが最後の良い機会だと思いました。あの日に、先輩からその時の気持ちや真実を聞いて、俺はやっと納得して……これでやっと終わった!と思いました」 「ミキの中には、もう永瀬に対しての蟠りが無くなったって訳か。それなら永瀬の挑発に乗った甲斐はあったか。ま、その後の俺の情緒不安定になったり変なプライドで…俺の不甲斐なさ。改めて済まなかった!」 頭を今度は横に振り話し出した。 「ううん……そこまで追い詰めたのは、伊織さんの気持ちを知らなかったとは言え…俺です。懐かしい先輩と昔に戻ったようで、決して恋人の頃じゃなく純粋に先輩後輩って意味で。何だか、懐かしくって楽しかった頃を思い出してた。それと先輩の滞在期間が短い事もあって……もう会う事もないんじゃないか?って思ったら……昔の事とは関係なく楽しく過ごしたかった。もう終わった事と思ってたし先輩と蟠りなく良い日本での思い出を残してあげたいと思ってました。確かにドキドキ…もしてたけど……俺には伊織さんが居たし、今が本当に幸せだから」 俺はギュッとミキを抱きしめた。 「ありがと! 本当にばかだった。真琴君にも祐一にも散々説教された。そして、もう1つ……これは言ってはいけない事かも知れないが、この際だから全て正直に包み隠さず話す」 腕の中から顔を上げ俺を見た。 泣き顔が……可愛いな。 こんな時なのにそう思った。 「何ですか?」 「これも永瀬に言われて気になった、いや永瀬が登場した時から俺が感じてた事だったが……永瀬本人に改めて言われて、ずっと心の中に蟠りがあった………」 ここまで言って……言うか.言うまいか躊躇した。

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