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第768話
俺が言葉に詰まったのに、気がついたようだ。
「何?気になる」
「これを言ったら、気分を害するかも知れない。先に謝っておく! 済まない!……たが、俺の正直な気持ちだった。永瀬と会議室で再会した時に ‘ミキ‘と呼んでた事で、直ぐに昔の男だ!と解ったって話したただろ? ‘ミキ‘と呼ばせてるのは、真琴君と祐一と俺以外には居なかったからな。それでミキにとっても大切な相手だったんだと思った。それと同時に……ミキの初めての相手だろうとピンッ!ときた」
抱きしめてた体からピクッ!っと動いた。
解ってたが……やはりな!と確信した。
「それは……」
「解ってる‼︎ その事も気になって、祐一に少し愚痴ったら散々説教された。頭では、そんな事気にしても仕方ねーだろ!って解ってても、実際目の前にそう言う相手が居ると……やはり心のどこかでは気にしてた。そんな気持ちもあった俺に永瀬と2人で会った時に言われたんだ。‘ミキの初めての男は俺です’ ‘初めての男は早々忘れる事は出来ないでしょう?’ってな。俺は腹が煮え返りそうになったが、それと同時に、そう堂々と言える永瀬が羨ましくもあった。それが堪えた。理不尽だが…俺がミキの最初の男で居たかったとか……。そして…散々、真琴君や祐一に説教されて……不安な気持ちから情緒不安定だった俺は浮き沈みが激しかったが、ミキが帰って来ない日に色々考えた。そして思い出したんだ」
「な、何を?」
それまで俺の胸に顔を伏せて聞いてたミキが辛そうな悲しそうな顔で俺を見た。
そんな顔をさせる為に話してるんじゃない。
俺がそう思ってたのは……やはり悲しいよな。
ごめんな。
「付き合って少し経った時だったかな?まだ、俺達はそこまで絆なは深くなく、これから!って時だったと思う。その時、ミキを抱いて俺の胸で寝てるミキを見て幸せに浸ってたが、ふっと思ったんだ。ミキの最初の男になりたかった!ってな。それはどうしようもない事だと解ってたが。それならば ‘ミキの最後の男になれば良い!’って思い直した事を思い出した。そして改めて ‘初めての男が忘れられない過去の思い出になるなら、俺はこれからの未来をミキの側で一緒に歩む最後の男で居られる事を選ぶ!’ そう考えると、初めての男に拘った事がばかだと思った。幸せの日々の中でそう思った事も忘れてた! そして永瀬の登場と堂々と言い切れる永瀬に嫉妬と動揺して……最初の男に拘る自分が情けなく思い反省した。女々しいと思うだろ?情けないよな?………そんな大事な事…忘れてたなんてな」
首を横に振り意思表示するミキ。
「女々しいとか情けないとか思わないよ。俺だって、何度か伊織さんの付き合ってきた人達に嫉妬した事もあったし……誰でも1度ぐらいは、そう思うんじゃないかな⁉︎ 真剣な相手であればある程」
「ごめんな。今回の事で俺の女々しいさと情けなさ弱さがミキに解って……情けない。永瀬もそうだと思うが、俺はミキの前では頼り甲斐のある器の大きい男で居たかった。自分でも常にそう振舞ってたのかも知れない。他の事はどうでも良いがミキに関しては……情けない男にも成り下がっちまう。がっかりしただろ?」
「そんな事無い‼︎ 伊織さんは気づいてないけど…
俺は伊織さんのそんな所も知ってます。仕事も出来.上司としても尊敬されてて.モテるし……外では完璧な男の伊織さんが、俺と2人で部屋に居ると甘えて.口も悪くなるし.子供みたいな事もするし.たまに愚痴も言うし.嫉妬深いし.ダラシない所もあるし……でも、そんな素の伊織さんを見せてくれるのは、俺に心を許し全てを見せても大丈夫!って思ってくれてるんだって。情けないとか女々しいなんて1度も思った事ないです。かえって……愛しいです」
ミキの言葉が嬉しかった。
涙が出そうな顔を見られたくなかったから、ミキの頭を胸に抱いた。
「……ありがと……そう言ってくれて」
それから暫くは2人で黙って抱き合ったままで居た。
「伊織さん、先輩から俺が先輩の所に居る!って聞いて…その……浮気……したと思いませんでしたか?」
浮気⁉︎
…………浮気か。
「あの時は……永瀬の言葉を信じてしまった。それは状況的に見てもミキの性格からしても…永瀬が話した ‘泣き疲れて寝てる’って言葉を信じた。永瀬を頼って行った!と……それが永瀬への返事なのか?とそっちの方がショックがでかかった。体の関係より……精神的な繋がりの方が……俺より永瀬を選んだ!と……。ただ、次の日も帰って来なかったのには……流石に参った。永瀬は俺と違って…ミキが弱ってる所に漬け込むような卑怯な奴だとは思わなかった。それは…たぶん、俺の率直な感と言うか…永瀬が俺に堂々と ‘あなたからミキを奪う’と宣言するような奴だからな」
「そうなんだ……俺を…って言うより先輩を信じたって事?」
「まあ、結果的にはミキの言う通りなのかも知れないが……俺はミキの性格も良く知ってる上でそう思った」
もし…体の関係があったら……ミキはここに帰って来た時に、あんな態度は取らなかっただろう。
たぶん…後悔と俺に対しての申し訳無さでおどおど…した感じで、それこそ俺を見る事もできない怯えた態度だったはずだ。
ミキの性格ならそうなると思った。
だから……あの冷たい目で俺の顔を見た時には…辛かったが、そう言う関係にはなってないと願望も込めてそう思った。
「……そう」
「今の話しで思い出した! 結局、永瀬の所にも行かなかったが……どこに行ってた?ビジネスホテルか?」
ビジネスホテルなら、ミキとの連絡が取れない。それなら見つけられないはずだ。
そう思ったが…予想外の事がミキの口から出た。
「それなら……あの後…大将の所に行きました。マコの所には伊織さんから連絡あると思ったし…
大将のお店に行って……俺の様子がおかしいと思った大将が奥の休憩室に通してくれて……」
驚いた‼︎
まさか…おやじの店だとは……盲点だった!
だが、考えて見ればミキはおやじに懐いてるし、おやじもミキを孫のように可愛いがってる。
「おやじの所だったのか。盲点だった! くそぉ~、おやじもおやじだ! ミキの様子がおかしいと思ったら、俺に連絡あったっていいだろ‼︎」
俺がどんな思いで、この2日間過ごして居たと思ってんだ‼︎
「俺が連絡はしないで‼︎って頼んだんです。大将は店が終わった後に、何も聞かずに黙って ‘ここで良ければ、泊まって行きなさい’って。大将は店を閉めて自宅に帰りました。お陰で誰にも気兼ねなく泣く事が出来ました。大将には感謝してます」
「土曜の夜はおやじの所に泊まって、次の日もか?」
日曜日の夜も泊まったのか?
「いいえ。大将が店の仕込みするのを手伝って、店を開ける時にはお礼を言って出て来ました。そしてビジネスホテルに泊まりました。それで、朝に、ここに」
「そうか。どこに行ってたか?解って安心した!
もう、どこにも行くな‼︎ 何があっても、ここに帰って来い‼︎ ここが俺とミキの『家』なんだから‼︎ 家族って喧嘩したりしても、結局帰る場所は家だろ?」
「は…い……はい」
ミキはまたまた涙を溢し大泣きした。
そして永瀬の言葉じゃないが、本当に泣き疲れて俺の腕の中で寝てしまった。
スースー……スースー…………
顔を見ると泣き跡が残ってたが、安心しきった顔で寝ていた。
俺は起こさないように体勢を変え、ミキが寝やすいように背後に回り込み抱きしめた。
これがいつもの俺達の体勢だ。
俺も安心出来る。
スースー…スースー………
ミキの寝息を聞きながら ‘ちゃんと喧嘩しろ!‘と、祐一に言われたが怒鳴り合ったり感情的な修羅場の大喧嘩にはならなかったが……多少の大声はあったがお互いの気持ちを言い話し合った!
これが俺達流の喧嘩なんだ!
今回……女々しさや情けなさ.弱さを見せた俺を…
‘愛しい’って言ってくれた。
それがどんなに嬉しかったか。
俺も今回の事で、更にミキの存在が掛け替えのない大切な存在だと再認識した。
そして更に愛しさが増した‼︎
もう俺達は大丈夫だ‼︎
これから何があっても‼︎
俺の腕の中で安らかに眠るミキに俺も安心し、いつの間にか.ミキを抱きしめたまま寝てしまった。
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