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第783話
その女と、また会う事になったのは翌日だった。
1時間程残業し帰り支度をし誰も居ない課の電気を消し、まだ他の課では残業してる者もチラホラ見え一言挨拶だけして帰る事にした。
「お疲れ。先に帰ります」
『お疲れ~』
アジア担当の課の人達を残し、先に会社を出た。
ミキも30分前位に帰ってるし、家に着く時間にはまだ夕飯の用意してる辺りか?
手伝える事があったら、偶には一緒に作っても良いかな。
料理の手際が良いミキにとっては、返って足手まといになるかも知れねーな。
大人しくTV見て待つか?
先に、風呂に入るか?
部屋で待ってるミキを考えながら駅に向かってた時に、駅のロータリーの所で声を掛けられた。
「あの…」
声は聞こえたが、どうせ何かの勧誘だろうと見向きもせずに歩く。
「すみません!」
さっきより大きな声に、俺は足を止め振り返った
「すみません! 覚えてますか?昨日、駅の階段で
……」
昨日?
昨日の朝の事だが、1日経って事もありすっかり忘れてたが、駅の階段…と言われ思い出した。
忘れる程、俺には些細な事だった。
「あ~、昨日の。具合は、もう良くなりました?」
「はい、お陰様で。あの後も、暫くそこのベンチで休んでから会社に行きました。スポーツドリンク飲んだのも良かったみたいで。本当に、昨日はありがとうございました」
わざわざお礼を言う為に、いつ来るか解らない俺を待ってたのか?
当たり前の事をしただけなのに…返って恐縮してしまうな。
「そうですか。なら、良かった。わざわざお礼言う為に?返って申し訳ない」
「一言、きちんとお礼言いたくって。昨日は、きちんと言えなかったので」
「そうですか。わざわざ、すみません。じゃあ」
もう用件は済んだだろうと、駅に足を向けた時に腕を掴まれた。
何?
もう、用はないはず!
「あの~お礼したいので。ぜひ、食事でも奢らせて下さい!」
「そんな大した事してませんから。丁寧に、こうしてお礼言って下さっただけで十分です」
食事なんて、面倒くせ~。
丁寧にお断りしたつもりだったが女も引かない。
「それじゃあ、私の気が済みません。ぜひ、食事位奢らせて下さい。お願いします!」
そう言って頭を下げる。
こんな駅前で頭を下げられたら……困った。
ジロジロ…見られるのも堪らないし、押し問答をして居ても埒が明かないと思った。
「頭を上げて下さい。それでは、お茶で」
食事は無理だがお茶で…と、妥協案を出すと頭を上げてパァっと明るい顔になった。
「それでも良いです! ありがとうございます」
「じゃあ、そこのカフェで」
「はい!」
駅近くのカフェに2人で向かった。
カフェに入り、向かい合わせで座りコーヒーを頼んだ。
「本当に、お茶だけで良かったんですか?」
「いや、十分です」
そしてコーヒーが運ばれてきた。
食事を断ったのも、お茶なら早く終わると俺なりの妥協だったが……。
「改めて、昨日はありがとうございました。本当に助かりました。あの時はボーっとしちゃって、何も考えられなかったけど、夜に家で思い出して…。あのまま階段から落ちてたらって考えたらゾッとしました」
「まあ、大事に至らなくって良かったです。あの後、仕事に行ったんですか?」
「はい。電話して遅刻する旨を連絡して、少し休んでから行きました」
「そうですか」
困ったな。
特に話す事も無いんだが…。
早く終わらせたい一心でコーヒーを飲む。
「あっ! 自己紹介まだでしたね。私、三田佳奈と申します。24歳です」
自己紹介とかいらねーから!
面倒だな。
こっちも自己紹介しないといけねーじゃん!
心ではそう思っても顔には出さずに外面で自己紹介した。
「成宮伊織です」
簡単に名前だけ話す。
「成宮さんのご職業は?年齢は?」
面倒だな。
「会社員で、34です」
俺、もう34歳になったのか。
ミキと出会った時が32だったからな。
そうか、付き合って2年半になるし歳もとるよな
「じゃあ、会社はこの近く?」
やけにプライベートな事を聞く。
会社関係でも無いし友達や知合いでもない、共通の話題がないのも解る。
ほぼ初対面だから仕方ないのかも知れないが…。
受け身だと色々聞かれてしまうと思い、逆にこっちから質問した。
「まあ、そうです。三田さんの会社も近くですか?」
駅で会っただろうから、ここら辺の会社なんだろうと思ってた。
「いいえ、会社はここから5駅先なんです。会社では営業兼事務してます」
「えっ! 5駅先?じゃあ、昨日は?」
「昨日は会社行くつもりで電車乗って、凄く具合悪くなっちゃって。もう無理だと思って途中で降りたんです。ちょっと外の空気吸おうと思って」
「なる程。まあ、車内は混んでますからね」
「それもなんですけど…。2~3日前から、心配事とちょっとショックな事があって……。全然寝れなくて。その上、あの日の朝に…母と言い合いになって、精神的にもちょっときてたんですよ」
「色々、大変そうですね。でも、体を壊したら何もなりませんよ。具合悪い時は無理しないで会社休んでも良いと思いますけどね」
「ありがとうございます。これからは気をつけます」
あまりプライベートには立ち入らないように、表面上での話しに徹した。
それから趣味は?とか.好きな音楽は?とか.聞かれたが適当に話した。
俺の簡単な返事に、今度は自分の趣味や音楽.最近見た映画などの話しを始めたので、黙って相槌を打ち聞いて居た。
そろそろ30分は経つかな?
良い頃合いだろうと、俺から切り上げる事にした
「じゃあ、そろそろ」
「あっ! そうね。引き留めてもあれだし、帰りましょうか」
女が会計を済ませて、そのまま一緒に駅まで歩く
その間も女の話は止まらないが、駅が近くて助かった。
同じ沿線?
電車の中でもずっと話しを聞いてなきゃなんねーのかな?
参るな!
そう思いながら駅構内に入り改札に入ると、沿線は違うようだった。
「私、こっちなので。じゃあ、本当にありがとうございました。また!」
「いいえ。こちらこそ、ご馳走様でした。では」
女が俺の沿線を確認してた事は知らずに、さっさと電車ホームへ歩く。
そんな事とは知らずに、呑気にやっと解放された!と安堵してた。
部屋に帰って、夕飯時にもちろんこの事はミキに話した。
「今どき、律儀な人ですね」
「そうだな」
俺もミキもこれでこの事は終わった事だと思ってた。
これが迷惑の……始まりに過ぎなかった。
まさか……ストーカー女になるとは……。
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