10 / 15
10
「榛名くん、庭の掃除してきて~」
「はいっ」
「榛名くん、今から来るお花を全部屋敷の目立つところに飾ってくれる?」
「はいっ!」
「榛名さん、一緒にテーブルのセッティングしましょう~」
「はいっ!!」
(ぜんっぜん、逃げられない……!!ていうか、なんか今日任される雑用多くない!?)
真面目な榛名は、とりあえず頼まれた仕事は全てこなしたあとにエスケープしようと目論んでいたのだが、次から次に雑用を頼まれるため全くその隙が無かった。同僚たちとしては、明日から榛名は主人の妻――つまり雇い主の方に変わるため、最後に精一杯こき使ってやろうとわざと色々雑用を頼んでいるのだった。ある意味これも、同僚たちからの愛だ。
そうこうしているうちにあっという間に夕方になり、どんどん招待客が訪れ初めていた。
*
「ようこそいらっしゃいました……」
(なんで俺が出迎え役筆頭なの……??メイド長はどこに行ったの??)
しかも招待客の数名は榛名を見てはニヤニヤして、何故か握手を求めてくる者もいる。彼らは霧咲の仲の良い友人で、はっきりと言われてはいないがなんとなく今日の催しの意味に勘づいているのだった。
「ねぇ有坂さん、今日の俺どっかおかしい……?服汚れてる?それとも髪はねてる?」
客が途切れた隙に、榛名は隣に立って同じように挨拶する有坂にこっそりと尋ねた。何故自分だけが不自然に笑われたり握手を求められるのか、その理由が全く分からないからだ。
「いいえ!いつもどおりとっても可愛らしいですぅ!ほら、榛名さんお客様にめいっぱい愛想振り撒いてくださいっ」
「なんで俺が……」
「そんなの当たり前ですぅ」
(本日の主役なんですからぁ!!まだ秘密ですけど!!)
(何で当たり前なんだろう……ああ、一番最初に出迎える係だからか……)
どこまでも噛み合わない二人だった。(大体榛名のせい)
その時である。
「ようこそいらっしゃいまし……え?」
「本日はお招きいただき――あれ?君は……」
「っ……!」
榛名はその招待客に見覚えがあった。あれは忘れもしない――本当は忘れかけいたのだが――半年前、榛名が前にいた屋敷を追われるはめになった元凶、自分を犯しかけた貴族の男だったのだ。
思わずさぁっと蒼褪めて言葉無くしてしまった榛名に、不審に思った有坂が声をかけた。
「榛名さん、どうしました?」
「ご、ごめんおれ、気分が悪いから部屋に戻る。ここはお願いっ……!」
榛名は有坂にそう言うと、その場から脱兎のごとく逃げだした。
「ええっ!榛名さん!?」
「きみっ!!ちょっと待って!!」
榛名が逃げて、その後を男が追う。当然その姿は屋敷内でも目立ち、すぐに霧咲の耳にも届くことになるのだが――今の榛名にはそんなことを気にしている余裕はなかった。
(なんであの人がここに!?貴族だから!?旦那様のお知り合いだったの!?)
「君、待って!話があるんだ!!」
「っ!?、来ないでください!!」
榛名は追いかけられていることに気付くと、すぐ近くの目についた部屋に飛び込んで急いで扉を閉めて中から鍵を掛けた。しかし男はなおもドンドンと扉を叩き、榛名に呼び掛けてきた。
「君、ここを開けてくれ!話があるんだよ、お願いだ、聞いてくれ!」
「俺は貴方に話なんかありません!お帰りくださ……いやっ、晩餐会のあとにお帰りください……?いやもう、とにかく早くどっか行ってください!!」
「君に謝りたいんだ、衝動のままにあんなことをして本当に済まなかった……!あの後クビになって追い出されたと聞いて、責任を感じてずっと君を探していたんだよ。ねえ、本当に申し訳ないと思っているんだ、ちゃんと顔を見て謝らせてくれ!」
「……お、お嬢様との婚約は……」
「勿論破談になったよ!でもそんなことはどうでもいいんだ、とにかく僕はずっと君に謝りたかったんだ……!!」
悲痛な声だった。男は本当に反省しているようで――情に厚くとても流されやすい榛名は、なんだか少し男が気の毒に思えてきた。自分を犯しかけた強姦魔だというのに。
「本当に、何もしませんか……?」
「っ、勿論!だからここを開けてくれ」
「………」
自分が顔を出さないと、きっとこの男は晩餐会の方に行かないだろう――そうなったら霧咲が訝しがるに違いない。
(本当に、謝るだけなら……)
榛名は観念して、ドアの鍵を開けた。
ともだちにシェアしよう!