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ガチャッ
「ああ、きみ……!」
一応扉は開けてやったが、あまり顔は見たくないので榛名は俯いていた。用が済んだらさっさと自分の前から消えてほしい、という態度も隠さずに。
「……お、お久しぶりです、あの……」
「会いたかったよ!!」
「ひぃっ!?」
男は後ろ手にドアをやや乱暴に閉めると、いきなり榛名を自分の腕の中にぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。それはあまりにも唐突で、榛名は目を白黒させてしまった。しかも抵抗しようにも両手ごとがっちりと抱きしめられているため、全く身動きが取れない状態だった。
(ちょっ、話が違う!!)
「本当に僕は君をずっと探していたんだ!あんな小生意気な小娘よりも君の方がよっぽど可愛くて従順で魅力的で……!ああ、父の代から世話になっているからと今日は仕方なく霧咲家の晩餐会に顔を出したんだけど、まさかこんな場所で君に会えるとは思っていなかったよ!これはもう運命だね!!」
「いやあのっ、離してください!」
「嫌だ、もう二度と君を離すものか!ねえ君、こんなところは今日限りで辞めて僕の屋敷においでよ、絶対に悪いようにはしないからさ」
「えっ?」
その言葉に、何故か榛名は揺れてしまった。今日限りでここを辞めて逃げようと思っていたので、もしやこれは渡りに船というやつではないか――と。
もちろんこんな男の屋敷に長居するつもりはないが、まだ次の職場も見つけていないことだし、その間だけなら居座ってもいいかも……などと打算的なことをつい考えてしまったのだ。
「ねえ、そうしなよ。直接僕が領主に掛け合ってやってもいい。どうせここの使用人は余っているんだろう?もし足りないというならば僕の家の使用人を君とトレードさせてもらおうじゃないか。給料だって君だけにはここの倍の額を払う。悪い話じゃないだろ?」
「う……」
(でも、この人強姦魔だしな……それに、それに……)
なかなか首が縦に振れないのは、目の前の男が強姦魔だからというだけではない。どうしても、霧咲の顔が頭の中にちらついて……
「……どうしてすぐに断らないの?榛名」
だから、幻聴が聞こえたのかと思った。
「……だん、なさま……?」
閉められたドアはいつの間にか開け放たれていて、男のすぐ背後には何の感情も読み取れない無表情の霧咲が立っていた。男に抱きしめられていたので全く気付かなかった。
ドアの向こうには、野次馬で大勢の使用人と招待客の貴族たちの姿もあった。霧咲の登場により男の腕の力が少し緩んだため、榛名はその隙に男を突き放した。
「……話は全て聞かせてもらったよ」
「領主様!それなら話は早い。実はこの使用人と僕は以前からの顔見知りでして――」
男は意気揚々として霧咲に話し出すが、
「……さてメイド長、お客様一名のお帰りだ」
「はい」
霧咲は男の言葉を遮って冷たく言い放ち、この屋敷から去るように促した。
「ちょ、ちょっと!話はまだ終わってない!どうかこの使用人を僕の屋敷に」
「君とする話などない。それ以上その口を開くなら五体満足では帰さないよ。……ああそれと、今後一切君の家との交流は全て絶たせてもらう。君も今夜は仕方なく来たようだしね」
「そ、それは!」
霧咲家から交流を切られるということは、実質社交界からの追放を意味していた。男は慌てて取りつくろうとしたが、霧咲はそんな暇は一切与えなかった。
「まだ何か?俺が笑っているうちに、さっさと消えろ」
「ひいぃっ!」
メイド長の命令で、有坂と若葉――こちらも榛名の先輩メイドである――が男の両腕をがっしりと両片方から掴み、引きずるようにして屋敷の外へと叩き出した。
その間榛名は力が抜けて――というか霧咲の迫力に当てられて、へなへなとその場に座り込んでしまっていた。
「さて、と」
「あ……」
霧咲も片膝を着いてその場に屈み、榛名と目線を合わせて話しかける。無理矢理だったとはいえ自分の前で他の男と抱き合っていたため、自然と責めるような口調になっていた。
「榛名、お前は前の屋敷では盗みの濡れ衣を着せられて追い出されたと言ってたけど、それは嘘だったのか?あの男との関係は……まさか恋人だったとでもいうんじゃないだろうね」
「ち、違います!あのひとは……お、俺を無理矢理っ……」
あの時のことを思い出すと身体が震える。榛名は目に涙を浮かべて、震えだした自分の身体を押さえつけるようにぎゅっと抱きしめた。それ以上は何も言えなかったが、霧咲は察したようだった。
「……そう。やっぱりあいつ、無事に帰すんじゃなかったな……」
そう呟いた霧咲に、戻ってきた有坂と若葉が鼻息荒く言った。
「命令はされてないですけど、蹴り3発は入れてやりましたよぉ!」
「私は5発ですね。多分色んなところが折れてます」
「……本当にいい部下だね、君たちは……」
「だってこんなおめでたい席に水を差すなんて、とんでもない野郎ですぅ!」
おめでたい席、と聞いて榛名の身体がびくっと震えた。霧咲は今度はそれを見逃さなかった。
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