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「ねぇ榛名、それならどうして君はあんな男の言う事を聞こうとしたの……?」
霧咲はそう言いながら、震える自分の身体を抱きしめている榛名の手にそっと触れた。しかし榛名は、その手を冷たく振り払った。
「っ、俺に触らないでください!」
「え?」
榛名はキッと涙目で霧咲を睨みつけた。全く怖くはないのだが、こんな目を向けられる謂れはないと思っている霧咲は、少なからず榛名のその態度に動揺した。
「……もう黙っていられなさそうだから白状しますけど……お……私 は、今日限りでこの屋敷の使用人を辞めます」
「……?うん、それは」
俺と婚約するんだから当然そうなるよね、と霧咲は続けようとしたのだが……
「出て行きます」
「え?」
「私はもう、この屋敷には居られませんので」
「ちょっ……と、榛名?きみは何を言っているの?」
あまりにも予想外のセリフが榛名の口から飛び出したせいで、霧咲以下ここにいる全員がエクスクラメーションマーク(!)及びクエスチョンマークが頭に思い浮かんだ。
「だから、次の仕事を見つける間だけでもあの男の世話になろうと思ったのです。あの男に心を許したわけでもなんでもない!」
「いやちょっと待って、あの男のことはこの際どうでもいいとして――君がここを出て行く?それは何故だ!?まさか、」
それほど自分との婚約が嫌だったのか!?と、霧咲は落ち込みそうになったのだが……。
「だって旦那様は……もうすぐ結婚されるんでしょう!?」
「え、うん」
「私は……っ、おれは、貴方のことがとても好きなんです!!ほんとうに愛してる!!他の誰にも渡したくないし、片時も離れたくないし、死ぬまで一緒に居たいと思ってる!むしろ同じ墓に入りたいって!……そんなおれが、貴方が知らない誰かと結婚するのを黙って祝福なんて出来るわけがないでしょう!?」
「知らない誰か?」
「それも近くでそれを見てるなんて耐えられない……きっと俺は醜い嫉妬に狂って相手を殺してしまう!そうなる前に俺はここを出て行くと言ってるんです。止めないでください!」
「いや、あのさ……」
俺が結婚する予定の相手は君なんだけど……いやそれよりも、今すんごい愛の告白を受けた気がする。いや、気じゃない。受けた。
「っ……!」
霧咲は思わずかぁっと赤面した。榛名の熱烈すぎる告白に、聞いていた使用人や貴族も顔を赤くしている。盛大な拍手を二人に送って祝福してやりたいが、どうもこの可愛らしい婚約者は盛大な勘違いをしているようなので、野次馬は全員黙って成り行きを静かに見守った。
「……貴方は、俺の身体だけはたいそう気に入ってくださっているから、俺には妾 になれと言うかもしれない」
「は?……妾!?」
またトンでもない単語が出てきた。一体榛名がどこまで勘違いしているのか、ある意味全て聞き出したいが――
「俺は貴方のすべてをひとりじめしたい。妾だなんて耐えられないっ……そんなの、死んだ方がマシだ……!」
可哀想に、榛名は大きな両方の目からぽろぽろと大粒の涙を流しながらそう言うので――霧咲は胸が詰まって何も言えなくなり、ただぎゅっと榛名を優しく抱きしめた。つられて一緒に泣きそうだった。
「旦那様、離してくださいっ……」
「いや、そのお願いはきけない」
「やだっ……嫌です、もう婚約者の方も来ているんでしょう?会いたくない……!」
「俺の婚約者は、今俺の腕の中だよ」
「……え?」
榛名は、顔を上げた。霧咲が少し泣きそうな顔で、でも笑って榛名を見つめていた。
「ねえ、どうしてそんなとんでもない勘違いをしたの?毎晩君を抱いて愛してるって囁いていたのに、全然信じてなかったのか?」
榛名はまだキョトンとした顔で、霧咲を見つめている。
「えっ……あ、あんなの、ベッドの中だけの睦言でしょう……?」
「ベッドの中以外でも言ってるよ。ちゃんとプロポーズしなかった俺も悪いけど、まさかそんな勘違いをしてるだなんて普通は思わないじゃないか……」
「え、え……?」
なにそれ、どういうこと?
だって俺は男だし、平民だし……
「さっきは熱烈な告白をありがとう。俺もね、君を誰よりも愛してるよ。片時も離れたくないし、死ぬまで一緒に居たいと思っている。だから……俺と結婚してくれるね?榛名。同じ墓に入ろう」
「え、は……」
榛名が返事をする前に、わあっと派手な拍手喝采が巻き起こった。
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