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そして榛名は、戸惑いつつも真面目な顔をして霧咲を見つめた。無意識の上目使いに煽られて思わずまた抱きしめたくなったが、霧咲はグッと我慢した。
「え、と、ひとつずつ確認してもいいですか?」
「……どうぞ」
「俺は、男なんですけど」
「よく知ってるよ。……あのね榛名、俺は元々男が好きなんだ。女は抱けないし、抱かない」
「……!」
そうだったの!?と榛名の目が驚愕に見開かれる。もっとも、今まで一度も女性に恋をしたことも抱いたこともない自分も、きっと霧咲と同じようなものだろうけど。
「それに、平民ですし」
「うん。でも有坂さんの言ったとおり、今どき身分の違いなんて大した問題じゃない。それに当主である俺がいいと言っているんだから、この屋敷で文句を言う奴なんてひとりもいないさ。みんな君のことが好きだからね」
「え……」
榛名が有坂の方をチラッと見ると、にっこりと笑い返された。他の使用人もうんうんと頷いており、なんだか嬉しくて涙が出そうだ。でも、霧咲への質問はまだ終わっていないからぐっと涙を堪えた。
「す、すごく平凡な顔だし……美人でもないし」
「俺はすごく好きだけどね、君の顔。色白だし、少し癖のある黒髪もすごく可愛いよ。いつも少し潤んだ瞳に見つめられたらこっちが目を逸らせなくなるし、取ってつけたような小さい鼻はチョンチョンと指先で突っつきたくなる。薄い唇も妙に色気があって素敵だよ、君の唇が小さく開かれるたびに俺はドキドキするんだ……それに、さっきの男だって君に夢中だったじゃないか」
モテないなんて言わせないよ、と霧咲は〆る。自分では一度もいいと思ったことのない容姿を延々と褒められて照れた榛名は、つい霧咲から視線を逸らして下を向いた。
「あ、あの人も旦那様も、変わったシュミの人だなとしか」
「そうかもしれないけど……あいつに君の初めてを奪われたなんて本当に悔しい、殺してやりたいよ」
霧咲の言葉にギョッとして、慌てて顔を上げて否定する。
「やっ、ヤられてませんよ!未遂でしたから!!……って、子供の前でそういう話題はやめてください!」
「今更だと思うけど……」
霧咲が亜衣乃の方を見ると、若葉が亜衣乃の両耳を押さえて耳栓していた。亜衣乃は憮然とした顔でそれを受け入れている。さすがとも言える対応の若葉に、霧咲はグッと親指を立てて給料アップを約束した。
「じゃあ君の初めては正真正銘俺ってわけだ。嬉しいなぁ、責任を取らなきゃね」
「男の初めてとか貰って嬉しいですか……?」
「君の初めてならなんでも嬉しいさ。それで?質問はもう終わり?」
「いえ……」
霧咲は榛名の細腰を両手で掴み、少しだけ自分の方へと引き寄せた。
「俺は……妾じゃない、んですね?」
「当たり前だろう、怒るよ?ずっとそんな勘違いしてたなんて、俺の方がショックだったんだから……」
「ごめんなさい。……あ、でも一週間前すごく香水臭かった日があったんです。それで本命が他にいるんだって勘違いしたんですよ」
「香水……?」
霧咲が首を傾げると、横から亜衣乃が手を挙げて言った。
「それ、きっと私のママの匂いだわ」
「蓉子 の?あー……確かにキツイ香水の匂いをさせていたな……あの日は沢山の人間に会ったから自分じゃもう匂いなんて分からなかったよ。そんな勘違いさせていたなんてごめん、次から君に触れるのは身体を洗ってからにするよ」
「や、俺の勘違いだったならいいんです……あの、蓉子さんって?」
「決して仲は良くないんだけど、俺のたったひとりの妹だよ。あの子の母親だ」
「そうですか……」
霧咲には兄も姉も弟もおらず、妹だけがいるのだと榛名は知った。
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