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第3話 罪の証
結界内では誰もがパニックに陥っていた。
いきなり拓真が苦しみ始めたと思ったら、日本刀を手にして平然と立っているのだ。静謐 と表現するしかない佇まいとは真逆に、何故か三田は慌てふためき、それをどけて! と、一番最後に設置された結界石を指差して、パントマイムのように壁を叩く仕草をしながら泣き叫んでいる。
「こ、これ、か?」
三田の勢いに押された住民の一人が結界石を持ち上げた途端、ガラスの割れるような音が響き、その場にいた誰の目にも拓真が対峙している魔物の姿が見えるようになってしまった。
そして溢れ出す黒い思いの数々に魔は哄笑し、拓真は舌打ちをした。
――今月何本ドンペリ入れてあげたらまたホテルに行けるかしら? テクなしの亭主より若くてスタミナもあるし、私上客だし、扱いが丁寧なのよね。会いたいわぁ。でも、まだナンバー入ってない子も良いのよねぇ。あぁ、早く生活費渡してくれないかしら――
――同期のくせにちょっと仕事ができるからって! 周りもアイツばっか贔屓しやがって! 死ねばいいのに……アイツのパソコンにウイルス仕込んでやろう――
――バカな娘はっけーん! こんな夜中に一人で歩いちゃ危ないよっと! あそこの路地裏なら、ヤレるな。ふふ、今月二人目いただき――
――畳と女房は新しいのに限るっていうけど、どうにかすんなり離婚に応じてくれねぇかなぁ。なんであんな口煩い女の為に汗水垂らして働かなきゃいけないんだよ。不味い飯作りやがったら、また蹴り倒してやるか……それに比べて文香は良い女だ――
その昏くねじ曲がった感情が魔へと流れ、尽きる事のない人間の負の感情が魔の餌となり力を与え続けている。長期戦は不利だと早々に判断した拓真だが、何よりよくもこれ程までにロクでもない人間が集まったものだと怒りすら通り越し呆れてしまった。
「はぁ……色狂いに強姦魔までいやがる。妬みと欲にと、ずいぶん身勝手に生きて。そりゃ氏神様もこんな奴ら助けたかねぇよな」
俺も助けたくねぇ、と呟いた拓真は被害者達の身体についた魔の紋を思い出していた。
女の手を引き路地裏に引きずり込んだ男の手に。同僚を妬んだ男の足に。妻を足蹴にする男の足首に。太腿に胸元に。
あれは、そう、紛れもない――罪の証。
どんどん吐き出される負の感情を吸収して更に力をつけた魔が蔦葉を伸ばし、三田を拘束し引き寄せると同時に彼女の背中と股間から中へと入り込んでいく。三田は先程までの艶っぽく甘ったるい声を出していたのと同じ口から出ているとは思えない濁った声を出し、目を見開きヨダレを垂らしている。
「た、助けてください! 東雲さんっ、殺される!」
「自業自得だろ?」
氷のような拓真の言葉にその場にいた三田以外の全員が色をなくし立ち尽くした。
「ま、依頼だし、何より……」
ちらりと朽ちかけの社を見やった拓真は、ほとんどの魔を体内に取り込んだ三田に向かって勢いよく日本刀を投げ付けた。
月光を受けて刀身を鈍く光らせながら、美しい日本刀は三田の身体を貫いた。血の代わりに溢れ出る腐臭を放つ汚水がべしゃべしゃと地面を濡らす。
「あ、がっぁあああゔあ……儂だけ……じゃ、な、ふふっ、美味い馳走であったぞ、人間よ……ぐぅうっ、いつまでもいつまでも汚くあれ。儂ら魔を生んだ責任をもって、餌となれ」
「遺言は終わったか? 柊漣、滅殺霧散。山神様は封印を。本家にお連れして、浄化」
拓真の声に応じるように、三田の背中から腹部へと貫通していた刀が眩いばかりの光を放ち、三田の……いや、魔の断末魔の絶叫の中、白銀に輝く巨大な蛇となり、三田の身体からずるりと這い出てきた。
「ひぃっ! 化け物!」
「チッ、これだから愚か者は好かん」
恐れ慄 く人々の反応に冷たく言葉を返すと、大蛇はゆらゆらと人の形となった。薄い着物一枚を羽織った姿は悍 ましい程に美しく、月の光にも負けぬ銀髪に血の如く赤い目、縦の瞳孔が明らかに人間ではないと体現している。
傷一つついていない腹を押さえてしゃがみこんでいた三田に視線を合わせると、彼女の顎に冷たい指を這わせてニィッと唇を歪めた。
「そんなに男が欲しいなら、行きつけのその手の店に行ってくれ。悪いが拓真 は俺のものだ。身体中に魔痕のついた汚い身体で近付くな」
それだけ伝えると興味の一切をなくし、本家と通話中の拓真へと歩み寄った。
「終わった。あぁ、警察に連絡を。犯罪者がいる。いや、腰が抜けているようだから逃げられはしないだろうが……そうだ、山神様の御魂を浄化する。準備を」
「ほら」
「ん。じゃあ、あとはよろしく。いや、迎えは要らない」
ポンと手渡された直径五センチに満たない濁った珠を受け取ると、拓真はそれを真白な絹の布で包むとそっと内ポケットに入れた。
「氏神様よ、魔は退けた。見限るも良し、留まるも良し。お好きになされよ」
「俺は見限る方をお勧めするぜ。こいつらロクでもねぇ」
柊漣……と呆れた拓真の声に、蛇神であり拓真の守護神でもある銀髪の男は鼻で笑って肩をすくめただけだった。
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