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第19話 兄③

「別に。」ベッドに寝そべったまま、そっけなく答える。 「女だろ。」 「違う。」嘘ではない。 「彼女と何かあったんだろ、アヤカちゃんだっけ。」 「アヤカじゃなくてアヤノだし、年末に別れた。ていうか、女じゃないってば。」 「女のことじゃないけど、悩んでるんだな? 俺で良ければ、話を聞いてやる。」宏樹は四月から高校教師になる。見た目の先入観で体育教師と思われがちだが、実際は国語教師。時に優しく、時に厳しいタフガイで、きっと良い教師になるだろうと誰もが思う。弟の立場から見ても宏樹は頼りになる良い兄だった。和樹が東京の大学に進むことをバックアップしてくれたのも宏樹だ。宏樹がまともな職に就き、親を説得してくれなければ、おそらく一人暮らしなんて許してもらえなかった。だが、それとこれとは別問題だった。 「良くないから話さない。」 「現役高校生のお悩み相談だろう、聞かせてくれよ。俺の教員生活のためだと思って。悩める生徒の力になりたいんだよ。」冗談めかして言っているが、それ自体がきっと宏樹の気遣いだ。  和樹はベッドの上で上体を起こし、座りなおした。宏樹はまっすぐ和樹を見ていた。心配してくれているのも、おそらく本気なのだろう。田崎と言い、兄貴と言い、どうして俺なんかにそんな真剣に向かってくれるのかな、と和樹は自虐的な気分になった。 「俺ってさ、人よりちょっとだけ水泳がうまくて、ちょっとだけ顔が良くて、ちょっとだけ女にモテる、つまんない奴だよな?」そう言うと、宏樹はポカンとした。 「おまえそれ、自慢か?」 「いや、本当に。平凡っていうか。」 「自慢にしか聞こえない。けど、だいたいその通りだな。つまらない奴だとは思わないが。」 「フォローありがとう。」 「それが悩みなのか? 個性がない気がする?」 「そうじゃないんだけど……。」話して良いものか悩むが、宏樹のことだ、きっと真剣に聞いてくれるのだろう。「実は、告白された。」 「なんだ、やっぱり色恋の話じゃないか。告白されて何が困る。断り方か? あ、四月から遠距離になることか? 女ってのは近くにいてやらないとダメな生き物だからなあ。」宏樹は鼻の頭を掻きながらニヤリとした。 「だから、女じゃないんだって。」和樹は覚悟を決めた。「男なんだ。告られたの。」

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