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第20話 兄④
宏樹は絶句した。小ぶりの目が限界まで開いてまん丸だ。宏樹と和樹は似ていない兄弟だった。宏樹の点と線だけで描けそうな地味な顔は父親譲り、和樹は元読者モデルの母親譲りのメリハリの利いた顔だ。そして、宏樹は小中と柔道、高校・大学ではラグビーと、つまり男ばかりの環境に身を置くことが多く、中にはそういった性癖の知り合いの一人や二人いて、対応方法も知っているのではないかと期待するところもあったのだけれど、この驚きぶりからするとそれはなさそうだ。
「同級生か?」
「うん。同じクラスの奴。部活も一緒で、一年の頃からの友達。」
「今までは、その、ふつうに、単なる友達だったってことか?」
「ああ。すげえ親しいわけじゃなくて、二人だけで遊んだこともなくて、けど、何人かで遊ぶんなら大体メンツに入ってるかなって感じの。今日、初めてそいつん家に行って、そこで告られた。」
「そうか……。」
「もうすぐ卒業で、会わなくなるから言うことにしたんだって。卒業したら同窓会も行かない、俺とは二度と会わないようにするって言われちゃった。」
「会えなくなるから告白します、か。切ない話だな。」クマみたいな宏樹が口にするとおかしいが、宏樹は時々こういうポエムな言い方をする。さすが国語教師だ。「それで、カズはなんて答えたんだ。」
「友達としては好きだけど、友達としか思えない、ごめんって。」
「まあ、そうだよな。俺がおまえでもそう言うと思う。」宏樹は真面目な顔をしてひとりでうなずいていた。こんな話をしても、笑ったり気持ち悪がったりしないことにホッとし、また、このことを誰かに話せたという意味でも、少しだけ肩の荷が下りた。「それで……何に困ってるんだ?」と宏樹が和樹を見つめた。
そう言われて言葉に詰まる和樹だった。男から告白されてびっくりはしたが、一応、自分の気持ちは相手に伝えたわけで、相手もそれで納得している。そう、それで話は終わりだ。卒業したら会わないという宣言は「友達として」淋しい限りだが、考えてみれば、そこまで執着しなくちゃならない相手でもなかったはずだ。もっと親密につきあってきた女の子ですら、相手から「もう会いたくない」と切りだされれば、引きとめることもせず「仕方ないね」でおしまいにしてきたのだ。何故、今回はそれができない。自分が何に困っているのかがわからなくなった。
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