22 / 67
第22話 兄⑥
「なんだ?」
「ひとつ、言ってないことがありまして。」
「なんだよ。」
「あ、ああ、うん。」
「なんだっての。」
「いや、いいや。やっぱりいい。大丈夫。」
「タックルかますぞ。」
「死んじゃうよ。」
「じゃあ、言え。」
和樹は深呼吸をひとつした。「キスを。」
「はい?」
「キスを、しました。」
「誰と。」
「その彼とです。」
その時の宏樹の表情を、和樹は一生忘れない。悲鳴こそあげなかったが、完全に「ムンクの叫び」状態だった。しばらくの静寂の後、正気を取り戻したらしい宏樹が口を開いた。
「カズ、おまえ、そいつのこと好きなの? それだと全然話変わるよ?」
「だから、友達としては好きだけど、そういう趣味はない。」
「じゃあ、無理やりされちゃったわけか?」
「いや。俺から。」
「ひょっ。」宏樹は、聞いたことのない声を上げた。
「いろいろあって、つい。」
「ついってことはないだろうが。ちょっと待て、俺は今、弟のカミングアウトを聞いているのかい?」
「違うって。ただ、あいつがあんまり辛そうで、俺に何かできることないのか?って聞いたら、キスでもしてくれるのか?ってキレ気味に言われて、売り言葉に買い言葉みたいなものだよ。それで、まぁ、キスぐらいならしてもいいかな、と……。」
「おまえ、昔から女にはだらしないと思ってたけど、男相手でもそれかよ。」
「だらしなくないだろ。二股も浮気もしたことないし、告白されりゃ誰だっていいわけでもない。ちゃんと好きな子としかしてないよ。」
「そう言うなら、おまえはそいつのこと、ちゃんと好きだってことだな。」
ともだちにシェアしよう!