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第22話 兄⑥

「なんだ?」 「ひとつ、言ってないことがありまして。」 「なんだよ。」 「あ、ああ、うん。」 「なんだっての。」 「いや、いいや。やっぱりいい。大丈夫。」 「タックルかますぞ。」 「死んじゃうよ。」 「じゃあ、言え。」  和樹は深呼吸をひとつした。「キスを。」 「はい?」 「キスを、しました。」 「誰と。」 「その彼とです。」  その時の宏樹の表情を、和樹は一生忘れない。悲鳴こそあげなかったが、完全に「ムンクの叫び」状態だった。しばらくの静寂の後、正気を取り戻したらしい宏樹が口を開いた。 「カズ、おまえ、そいつのこと好きなの? それだと全然話変わるよ?」 「だから、友達としては好きだけど、そういう趣味はない。」 「じゃあ、無理やりされちゃったわけか?」 「いや。俺から。」 「ひょっ。」宏樹は、聞いたことのない声を上げた。 「いろいろあって、つい。」 「ついってことはないだろうが。ちょっと待て、俺は今、弟のカミングアウトを聞いているのかい?」 「違うって。ただ、あいつがあんまり辛そうで、俺に何かできることないのか?って聞いたら、キスでもしてくれるのか?ってキレ気味に言われて、売り言葉に買い言葉みたいなものだよ。それで、まぁ、キスぐらいならしてもいいかな、と……。」 「おまえ、昔から女にはだらしないと思ってたけど、男相手でもそれかよ。」 「だらしなくないだろ。二股も浮気もしたことないし、告白されりゃ誰だっていいわけでもない。ちゃんと好きな子としかしてないよ。」 「そう言うなら、おまえはそいつのこと、ちゃんと好きだってことだな。」

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