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第29話 涼矢②

「明日、東京に行くんだ?」和樹の手を放すと、涼矢はまるで何事もなかったように言った。 「うん。アパート探し。涼矢は、柳瀬たちと予定があるんだろ?」 「そう言えばそんなこと言ってたな。でも、いつの間にか知らない奴も呼んでるし、人が多そうだから、行く気が失せた。」 「多人数は苦手?」 「苦手。」 「だと思った。おまえってそういう感じ。」涼矢はハハ、と小さく笑った。和樹は涼矢の笑顔に少し安堵して、肩の力が抜けた。「明日行って、一泊して、明後日には戻る。そしたら、連絡するから。それまでに考えておいてよ、いつがいいか、どこで何がしたいか。」 「いつでもいいし、何でもいいよ。都倉のしたいこと、つうか、してもいいかなって思うことなら合わせる。」  でも、これは涼矢の希望をかなえてやるためなんだから、そっちから言ってくれないと。そう思いかけて、綾乃の言葉を思い出した。いつも私任せ。私が決めないと何も進まない。「わかった。何かプラン考えるよ。でも、涼矢も何か思いついたら、遠慮なく言って。」 「うん。」涼矢は素直にうなずいた。そして、何か言いたげに口をモゴモゴさせているが、何も言い出さない。 「どうしたの。」 「別に、何も。」口元を手で隠すようにして、横を向いた。 「何だよ。言いたいことがあるなら言ってくれよ。」 「違う、よ。そういうのじゃなくて。」 「俺また何か変なこと言ったか?」 「違うって。ただ、ちょっと。どういう顔したらいいのかわかんねえだけ。」 「照れてるのか。」 「言うなよ、馬鹿。」今日もまた馬鹿と言われてしまった。赤面して和樹を見る涼矢を見て、ふいに抱きしめたい衝動にかられたが、思いとどまった。ああ、こいつが女だったらなあ。俺に好意を寄せている子と部屋で二人きり、すぐ近くにベッドまである。涼矢が女だったら、話は簡単なのに。  そんなことを考えているうちに、自分の体に異変が起きる気配がした。和樹はそれを自覚すると「えっと、じゃあ、そういうことで、今日は帰る。戻ったら、また連絡するから。」と言いながら立ち上がり、そそくさと部屋を出た。この日は涼矢も玄関まで見送りに来てくれた。  和樹は散乱した靴を直しつつ心を落ち着かせるよう努めた。涼矢に異変を気取られないように注意深く行動しながら、あわただしく田崎家を出た。

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