31 / 67

第31話 母と父と②

 そして、やはり、何かと口出しをしたのは恵だった。何件かの物件を案内してもらい、結局二つ目に案内された西荻窪のアパートに決めた。案内された時点でそこに決めれば、とっくに契約の話に進めたはずなのだが、その後にもいくつも回ってから再び西荻窪の物件を見て、それから事務所に戻るという手間をかけたため、手続きする頃にはすっかり暗くなっていた。  「こんな時間か。」という和樹の独り言に、恵はムッとして「昼と夜とじゃ、周りの様子も変わるの。そこまでチェックしないと危険なんだから。本当は雨の日と晴れの日も比べたほうがいいのよ。」とまくしたてた。和樹が「そう怒るなよ」などとうっかり口を滑らせて更に怒りを悪化させるよりも早く、不動産屋の営業マンがすかさず「さすがお母様、わかっていらっしゃいますね。そうなんですよ、昼と夜とでは交通量も違いますし、場所によっては夜のほうが騒がしいところもありますからね。そういう確認は大事ですよね。」とフォローを入れてくれた。  更に隆志が「良いところが見つかって良かったな。」と言ったので、恵はすっかり上機嫌だ。余計なことを言わなくて良かったと和樹は思った。    隆志は一日で決まらない時を想定してホテルをとっていた。結局は今日一日で済んだが、今から二時間かけて自宅に戻るには三人とも疲れていたので、予定通りホテルに一泊することにした。隆志が予約したホテルが案外立派なところで、恵の機嫌は最高潮になるかと思いきや、逆に「こんな高そうなホテル、大丈夫なの?」と顔を曇らせた。  「出張の時に使っているビジネスホテルがあって、支配人とも親しくさせてもらっている。ここは系列のホテルでね、ここだけの話、かなり安くしてもらったんだよ。和樹と二人ならビジネスホテルでいいかと思っていたが、せっかくママも一緒なんだしね。」隆志がそう言うと恵の顔は一転して明るくなった。和樹は隆志の「恵扱いのうまさ」に息子ながら感動を覚えた。モテる人数は自分のほうが多いのだろうが、ひとつの恋愛を長続きさせられるのは父や兄のタイプに違いない、と和樹は思った。どちらが幸せかと言ったら、きっと後者だ。  隆志がチェックインの手続きをするのを、和樹は少し離れたところで立って待っていた。ちょうど目の前にはホテルのウェディングプランの看板があった。幸せそうにお互いを見つめあう男女の写真。自分のような人間にも、たった一人の女性と永遠の愛を誓える日が来るのだろうかと、不安と期待の入り混じった気持ちで和樹はそれを見つめた。  その時、看板の右下のほうに、後から貼られたと思われる紙片があることに気がついた。「テレビ・雑誌でも紹介! 子連れ婚、同性婚プラン」というキャッチコピーと、雑誌の切り抜きらしき、ウェディングドレスの女性二人が腕を組んで笑顔を浮かべている写真入り記事が、そこには掲載されていた。

ともだちにシェアしよう!