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第32話 母と父と③

 和樹はいやでも「同性婚」の単語に釘付けとなった。この写真のような美女二人なら許せる気もするが、タキシード姿の男二人を想像するのは抵抗がある。それは差別意識なのだろうか。自分は今まで同性愛者に差別意識はないつもりでいたのだけれど。というよりも、それについて思いを馳せたことがなかったというのが正しいだろう。ここ数日の出来事で、自分もある意味当事者として、この問題に関わることになってしまった。思えばほんの二日前のことなのだ、涼矢に告白されたのは。そのわずかな期間で、和樹の世界は大きく変わってしまった。 「お待たせ。」手続きを終えた隆志が近づいてきた。恵の一泊旅行には大袈裟なキャリーバッグぐらいしか荷物らしい荷物はないのだが、それすらも若いベルスタッフが運んでくれ、ホテルの流儀に不慣れな三人は、落ち着かない気分でベルスタッフの後について行った。  土地勘もなく疲労もピークで、三人は大人しくホテル内のレストランで夕食をとることにした。また恵が値段のことで不機嫌になることを危惧した和樹だったが、部屋でシャワーを浴び化粧直しもした恵は、すっかりセレブ気分に浸りきっており、すまし顔で席についた。いちいち値段を気にするよりも、この状況を思う存分楽しむほうにシフトチェンジしたらしい。元読者モデルというだけあって、きちんとおしゃれをした恵は実年齢よりも十歳は若く見え、華やかな美しさを放っていた。 「母さん、そんな服、持っていたっけ。」 「これ、旅行にいいのよ。コンパクトにたためて、皺にならないの。でも、二十年も前の服だから古臭いかしらね。」 「そんなことないよ。逆におしゃれな感じ。昔の服のほうが素材もいいって言うしね。」 「そうなのよ。昔は今みたいにファストファッションなんてなかったんだから。これも高かったのよ。」  そんな会話をしていると、隆志が割って入ってきた。「和樹はつくづく今時の若者だな。ママとファッションの話も対等にできて。俺なんかスーツがなかったら何を着ていいかわからないよ。」そう言う隆志は、本当にいつものビジネススーツで今日一日を過ごしている。 「大学は制服がないから、服も必要になるわね。明日は服を買いに行かない?」 「家にあるものを持って行くからいいよ。」 「そんなこと言わないで。私、久しぶりに原宿や表参道にも行きたいわ。」両親はもともとは東京で出会ったと聞いている。母が読者モデルをしていたのも東京時代の話だ。 「二人で行ってくればいい。俺はホテルでのんびりしてるかな。」隆志が言う。和樹もそっちのほうがいいなと内心思っていると、恵が言った。 「和樹とお父さんと三人で旅行なんて、これが最初で最後かもしれないのよ。三人で行きましょうよ。」

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