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第35話 約束②
和樹は大量に服の入った紙袋を探り、黒のシャツを出した。もう少し派手な格子のシャツとどちらがいいかを悩んだ末に黒に決めた。下はいつものジーンズでいいか。ごそごそとタンスを物色していると、またもいきなり宏樹が突入してきた。
「おっ、良いシャツだな」宏樹は目ざとく真新しいシャツを見つけた。「カズは何着ても似合うからいいよ。」
「兄貴のポロ、一番高かったんだぜ。」
「俺のは特注サイズだからね。」そう言いながら、宏樹は黒のシャツを自分にあてて、全然サイズが合わないことをアピールした。「これも東京用か。」
「うん。明日着るけど。」
「出かけるんだ。」
「例の。」
「例の?」
「デートだよ。男とデートすんの、明日。」
「本当にするんだ。」
「兄貴が言ったんだろ。」
「弟が男とチューするわデートするわ……。複雑だよ。」
「ちょ、やめろよ、今更そういうこと言うの。俺だってまだちょっと覚悟しきれてないんだから。ちゃんと諦めさせてやれって、兄貴が、そう言ったんだろ。」
「わかったわかった。俺が悪かった。明日は、うまく行くことを祈っておくよ。」そう言って宏樹は部屋を出て行った。そもそも何をしに来たのかわからない。ただ、和樹の東京行きが決まった頃から、宏樹の突撃頻度は上がっている。宏樹なりに淋しさを感じての行動なのかもしれなかった。
和樹は「明日、うまく行くこと」とはどういう状態なのかを考えていた。涼矢のために一日つきあって、「良い思い出」を作ってやることか。これで思い残すことはないと涼矢に思ってもらえれば、それがゴールか。それはどこか違う気がしはじめていた。
待ち合わせ場所に向かうと、涼矢は既にそこにいた。お互い軽く片手を上げて、挨拶する。無言のまま改札を通り、電車に乗る。このあたりで映画を観るといったら、数駅先にあるシネコンと相場が決まっている。だから、涼矢もどこに向かっているのかとは聞かない。
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