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第36話 約束③
「何観たい?」電車の中で、和樹が聞いた。
「何やってるのかな。」涼矢はスマホを操作して、上映中の映画一覧を検索した。ハリウッドSF大作と、少女漫画原作の恋愛映画と、こども向けアニメと、人気ドラマの劇場版と、聞いたことのないインド映画をやっていた。「どれがいい?」と画面を和樹に見せる。
その中で選ぶならハリウッド映画かドラマの劇場版のどちらかだろうと思って、そう伝えると、涼矢は「うーん」と口をゆがめた。
「なんで? アニメ観たいの? まさかこの少女漫画?」
「いや、インド映画。」
「マジか。」
「うん。だってほら、今から映画館行くとすると、昼ごろの回だろう? ちょうどいいのは、このインド映画、11時50分より。」
和樹も画面を良く見てみると、確かに、ハリウッド映画は上映開始に間に合わない。三時間近い大作のため、次の回は14時過ぎになる。ドラマ劇場版は、公開終了間近で、一日に二回しか上映がなく、午前の回には間に合わず、午後は16時だ。恋愛映画は12時10分からと悪くはないが、何しろ人気男性アイドル主演の、全力で女子向けの映画だ。
「これは……インド映画だな。」
「だろ?」涼矢がこらえきれずに吹き出して、和樹もつられて笑った。
「でも、順番変えてもいいぜ。先にプラネタ行って、夕方映画にしようか?」と和樹が言う。
「いや、インド映画観る。もう、心はインド映画。」涼矢はそう言い、また吹き出した。涼矢がそんなに笑うのを、和樹は初めて見た。意外と笑い上戸なのかもしれない。
歌ありダンスありの、王道のインド映画だった。
「意外におもしろかった。」とエンドロールが流れ終わった時に、涼矢が言った。上映中も声に出して笑っているのが和樹にも聞こえていた。
「まあな。予想以上だったわ。俺、これからハマっちゃうかも、マサラムービー。」
客席が明るくなる。通路に近い和樹が先に立ちあがると、涼矢の手を取って歩き始めた。
「な、何?」と涼矢が言うと、和樹は弾かれたように手を離して、涼矢を振りかえった。
「無意識だった。」
「ああ、そっか。彼女と間違えたわけね。」と涼矢が言った。言われた和樹は、改めて涼矢の手を握った。
「何すんだよ。俺だぞ」
「間違えてない。」和樹は涼矢の手を握ったまま、ずんずんと歩きだした。後方の席だったから、今はまだ二人のことに気づいてる客はいないが、シアターの出口付近は込み合っていて、やがて気付く人もいるだろうことは明らかだった。
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