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第51話 Re:告白⑤

 この日、和樹は学校に置いてあったすべての私物を引き揚げた。借りっぱなしだった本を図書室に返した。クラスの何人かに東京の住所を教えた。宮野には教えなかった。一年生の名前も知らない女子が三人組でやってきて、ネクタイやボタンじゃなくていいです、何かくださいと言ってきたので、中身が入ったままのペンケースを渡して、好きに分けるように言った。B組の柴がわざわざ綾乃にちょっかいを出すなと言いにきたので、ちゃんとつかまえておけと言った。背後で綾乃が少しさびしそうな表情をしていたのは気づかないふりをした。そのうち誰かが卒業式の翌日の土曜日に、クラスのみんなで打ち上げをしようと言い出した。すぐに何人かがその話題に乗っかり、日帰りバスツアーでディズニーランドに行こう、それとも地元の遊園地のほうがいいか、天候に左右されないカラオケのほうがいいんじゃないかとにぎやかに盛り上がっていた。 「和樹、いる?」中休みのこと、教室の入り口付近で、誰かが自分の名を呼んでいた。そちらに目をやると水泳部の津々井奏多だった。和樹の代の部長だ。近くにいた同級生が呼ぼうとするより先に、和樹は津々井のほうに向かって歩き出した。 「どうした?」 「卒業式の日の話なんだけど、式が終わったらすぐ、更衣室前集合だって。一、二年も一緒に、記念写真撮るって。」 「了解。」 「涼矢は来てる?」 「来てない。伝えておくよ。」 「ああ、よろしく。」津々井はそう言いながら、部員名簿の和樹と涼矢のところに、チェックマークを書き加えた。「おまえら、いつの間にか仲良くなってるから、びっくりした。」 「え。」 「昨日、二人で一緒にいたろ。」津々井はシネコンの入っているショッピングセンターの名前を挙げた。 「あ……うん。」 「声かけようと思ったら、バス乗っちゃったから。」ということは、プラネタリウムに移動する時だろう。 「買い物していたら、偶然会って、その次の行先も同じ方向だったから。」言い方が説明っぽすぎて、逆に嘘くさかったのではないかと心配になる。 「珍しい組み合わせだよな。おまえら、ライバルで、あんまり会話してなかったし。」 「ライバルだからって、仲が悪いわけじゃないよ、別に。」 「おまえはともかく、涼矢がえらく上機嫌に笑ってたから、意外でさ。」 「そうだったっけ。覚えてないや。」津々井に早くこの場からいなくなってほしいと願う和樹だった。 「ま、いいや。水泳部は二人だけか、このクラスは。」 「うん。あ、女子はいるよ。桐生と堀田と……あと誰かいたかな。」 「女子は女子で連絡回してるから、男子だけでいいんだ。」 「じゃあ、俺と涼矢だけ。」  津々井は怪訝な顔をした。「和樹、いつから田崎のこと涼矢って呼んでるの?」 「みんな呼んでるだろ。」 「みんなは呼んでるよ。けど、和樹も涼矢も、いつもお互いのこと下の名前で呼ばなかっただろ。絶対わざとだよなって俺らで言ってたからさ。」 「……もう、引退したから。」和樹は苦し紛れに言った。「ライバルでもなんでもないから、いいかなって。それだけ。」 「ふうん。」津々井は納得したようなしないような顔で、ようやく隣のクラスへと移動してくれた。ごまかしきれたのか、何らかの不信感を与えてしまったのかは微妙なところだったが、卒業式のどさくさに紛れてしまえば、津々井の興味も薄れるだろう。  津々井の後ろ姿を見送って、和樹は自分の席に戻った。とりあえずはうまく隠しおおせた。そう思う自分に、違和感を覚えた。ひとつ前の休み時間に柴が来た時、クラスのほとんどが、こっそりと和樹と綾乃に注目していたことに和樹は気が付いていた。自分と綾乃、また、柴との関係は校内では既に知らない者はいなかった。その前の、たった一週間のつきあいだったミサキについてですら、「都倉和樹には年上の彼女がいて、半同棲までしている」という噂が、和樹を知る者の間で駆け巡っていた。和樹は今まで自分が誰と付き合っているかを秘密にしたことはなかった。最初の段階で振った相手に関しては他言することはなかったけれど、相思相愛の仲を隠す必要はないと信じていた。  でも、涼矢が相手となると話は違った。このまま二人がつきあうとしても、それを誰かに打ち明けられるだろうか。水泳部の仲間に言えるだろうか。クラスメートには。宏樹には。おそらく言えない。自分も、涼矢も、誰にも言わない。二人だけの、閉じられた関係。  まっとうな人生。宏樹の言葉の意味が、ようやく和樹の腑に落ちた。

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