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第53話 前日①

 中一日をはさみ、卒業式の予行の日が来た。顔を合わせるのは必至だが、どんな顔をすればいいのか。綾乃と別れた翌日でもそんなことには悩まなかったのに。  和樹はもう今日と明日しか着ないであろう制服に身を包んだ。いつもは多少着崩しているが、今日はネクタイもきっちり締めていく。涼矢がどんな結論を出すにしても、あと二日間しかない高校生活だった。他の友達や綾乃、部活の仲間、後輩、先生。彼らとの日々にもいったんの区切りがつく。悔いのないように過ごそうと思った。  教室に入ると、既に涼矢はいた。幸か不幸か和樹とは席が離れているため、目が合うこともなく気まずい思いはせずに済んだ。和樹は自分の席に近い二、三人とどうでもいい雑談をしたが、耳だけは涼矢に集中していた。涼矢が柳瀬と話していたからだ。例の、同じ中学出身者の集まりに来なかったことを責められているのであれば、何かのはずみで自分の名前も出るかもしれない。涼矢にそういったことをうまくかわせる話術があるようには思えなかった。 「で、その子がおまえの写真見て、会ってみたいって言ってんだよ。ヒナちゃんって言うんだけど、おまえの連絡先教えてあるから、何か来たら相手してやってよ。」柳瀬は怒っているわけではなさそうだが、やはり話題は土曜日の件のようだ。ヒナちゃんとやらが、例の、涼矢目当ての女の子のことだろう。 「勝手に教えるなよ。」一刀両断に言う涼矢。 「別にいいだろ、SNSのアカウントだけだから。」 「そういう問題じゃない。」 「でも、マジ可愛いよ、この子。もったいないこと言うなよ。ほら、これこれ、この子がヒナちゃん。」柳瀬は涼矢にスマホの画面を見せているようだ。雑談相手に悟られないよう、涼矢のことは視界の端でとらえているだけだったので、細かい様子はわからない。 「俺、好きな人いるから。」涼矢は、いつもと変わらない淡々とした口調で言った。その瞬間、和樹はうっかり反射的に涼矢のほうを振り向きそうになったが、すんでのところで耐えた。だが、和樹のほかにも彼らの会話を聞くでもなく聞いている人間はいたようで、その周辺が少しざわついた。

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