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第57話 卒業式②

 やがて式が終わる。保護者席の間を退場していく。母親たちも半分近くは目頭を押さえている。あとの半分は我が子の録画に必死だ。  教室に戻ってくると、クラス全員で集合写真を撮った。それから親しい何人かずつでも撮った。なぜか、綾乃とのツーショットも誰かに撮られた。頃合いを見計らって、和樹は涼矢を促し、教室を抜けた。ついでに水泳部の女子である桐生と堀田にも軽く声をかけたが、まだクラス内の撮影に夢中で、「すぐ行く」と言いながらもいつになるかわからない調子だったので放置することにし、二人で更衣室に向かった。 「俺、副部長なのに、役に立ってないな。」と涼矢が呟いた。 「奏多が来た日、涼矢は登校してなかったから、仕方ない。」 「その時に聞いたのか。シネコン近くで見られた件。」 「うん。おまえが楽しそうに笑っていたから驚いたって。」 「俺だって笑うことぐらいある。」と笑わずに言う涼矢。 「それから、俺がつい涼矢って言ったら、いつの間にそう呼ぶようになったんだって言われて。ちょっと、焦った。変な風には思われてないと思うけど、奏多、ああ見えて鋭いっていうか……いや、俺がうっかりしてただけなんだけど。何か言われたら、その、ごめん。」涼矢の反応があまりにも薄いので、自分の軽率な言動に怒っているのかと不安になり、その分、饒舌になってしまう和樹だった。  涼矢は急に足を止めた。和樹もつられて立ち止まり、涼矢を見る。 「どうした?」 「和樹の気持ちは、変わってないの?」 「今、このタイミングで聞く?」 「だって、これから写真撮るんだろ? 結論出ないと、どんな顔すればいいかわからない。」 「結論出すのはそっちだ。」 「まず、そっちだ。なかったことにしてもいいって言ったろ。」 「俺の気持ちは変わってないよ。」 「それなら、もう一回、言ってくれない? あの時のセリフ。」 「あの時のセリフ?」 「なんかいっぱい並べて約束してくれたやつ。毎日電話するとか、そういうの。」  和樹は、確かにそのようなことを言った覚えはあったが、一言一句思い出せる自信はなかった。それに、いつ誰が通るかわからない廊下で言わされる焦りもあって、しどろもどろになりながら、小声で言った。「東京に行っても、できるだけ会いに来る。毎日電話する。デートも人任せにしないし、セックスの強要もしません。大事にします。……だっけ。」 「その、毎日の電話は、やめてほしい。電話は苦手なんだ。それから、デートを人任せにとかってのは、何なの?」 「元カノに、いつもデートが彼女任せだって怒られたことがあったんで……。」 「ああ。そういうことか。あと、その後のやつ。」 「セックスの強要。」 「それは……まあ、いいか。」 「強要していいのか。」 「違うだろ、強要するなってことに決まってるだろ。」涼矢が赤くなる。 「わかった、無理強いはしない。」 「それで、その。」涼矢もしどろもどろになりつつあった。「その約束を守ってくれるなら。」 「それって、OKって意味? 俺と付き合うの?」  涼矢は目をそらして小さくうなずいた。和樹は涼矢を衝動的に抱きしめようとしたが、その時、遠くから例の水泳女子の声が聞こえてきて、なんとか抑えた。和樹は「ありがと。」と言うのが精いっぱいだった。涼矢は「どっちにしろ、どういう顔したらいいかわかんねえな。」とぶっきらぼうに言った。

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