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第4話
男も女も老いも若いも皆陽気な城下町。
トーマスは、騎士としてその身を国に捧げ、日夜鍛錬に勤しみ、時には戦に出て名を上げ、時には国王の傍に立ちその御身をお守りした。
そして、あれはトーマスが30を目前にした頃だったか。
見回り兵が、悪魔に喰われた獣の噂をしていた。なんでも、傷もないのに心臓だけが綺麗に無くなっていたのだとか。
馬鹿馬鹿しい、そんな非現実的な生き物、存在するはずがない。
そう思いながら噂の森に入り、そして嵐に見舞われ、足を取られて崖から落ちた。
それを助けたのが、ユリアンだ。
「こんなところに人の子が…」
驚きを隠さずそう言ったユリアンが甲斐甲斐しくトーマスの世話を焼いた傷が癒えるまでのひと月。
二人が恋に落ちるには、十分過ぎる期間だった。
「ユリアン、今日の土産はこれだ!王室御用達ビスケット!」
「ふふ、ありがとうございます。この前持ってきてくださった珈琲豆がまだ残っているので、淹れてきますね。」
傷がすっかり癒えて元の生活に戻っても、トーマスは暇を見つけてはユリアンのもとへ通った。
悪魔であるユリアンは人間の食べ物を必要としない。けれど、トーマスが持ってくるそのどれもが、ユリアンの心を満たしていった。
時にはトーマスのために好物だというビーフシチューを用意してみたりもしたが、大抵うまくはいかなかった。人間と悪魔では味覚が違うらしく、噎せ返る程に味が濃いか全く味がしないか。
トーマスは全て、平らげた。
そうして10年の月日が経ち、ユリアンの料理も大分人に近付いた頃。
隣国との戦争が、始まろうとしていた。
騎士として地位を確立してきたトーマスは、国王直々の命で最前線に立つことが決まっていた。
敬愛する国王のため。
ひいては生まれ育った国のため。
無論拒否する理由など何もなかったトーマスは、二つ返事で了承した。
着々と戦の準備が進められていく。
日々の鍛錬と戦の準備、そして兵卒の指導に明け暮れていたトーマスは、出立の前日、随分と久しぶりにユリアンのもとを訪れた。
手には、真っ赤な薔薇を5本。
慣れた手つきで古びた門扉を開け、軋む金属音の向こうに、光り輝く銀糸をたなびかせた後ろ姿。
先に訪れたときには開けていた庭を埋め尽くすのは、何かの植物だ。
トーマスはその後ろ姿をふわりと抱きしめる。
「逢いたかった…」
心の奥底から絞り出た渇望の声に、ユリアンは心の奥底から溢れ出る幸福の笑顔を返した。
「すまないユリアン、明日から戦に出る。次はいつになるか…」
最上の幸福に綻んだユリアンの顔が曇る。歌うような美声に、苦悶を乗せて、ユリアンは呟く。
「本当に人の子は愚かですね。お互いを喰うわけでもないのに…」
緩く頭を振ると、出会った頃より随分と肌艶を失ったトーマスの顔を両手で包み込み、そっと唇を重ねた。
「…待っていてくれるか。必ずまた逢いに来る。」
「もちろん。お待ちしています、いつまでもいつまでも…」
庭一面の緑が一斉に花開き、緑一色だった庭が赤と白、そして紫に埋め尽くされた翌朝、トーマスは戦地へと赴いた。
ユリアンは待ち続けた。トーマスを信じて。
咲かない花が何を意味するのか考えたくなかった。一体何年が経過したのか考えたくなかった。ただただ待ち続けた。
ようやっと再び出会った。
トーマスが戦死してから300年の時を経て、トビアスとして再び出会ったのだ。
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